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眩しい光が無数のコスメティックをキラキラと輝かせている。
甘くて爽やかな香りが漂い、照明のなかに並ぶカラフルなカラーパレットは、まるで夏の輝きを象徴しているようだ。
奈緒は、夢のなかにいるような気持ちでデパートの化粧品売り場を歩いていく。
知っているブランドもあれば、読みかたのわからないブランドもある。どれも素敵だ。
並んで歩いている美岬の目にも光が反射している。
「ねえ、あそこじゃないかな?」と、美岬が指を伸ばす。クラスメイトの金元さんが話していたブランドのロゴが見える。
すごい。素敵すぎる。金元さんはこんなところで化粧品を買ってるんだ。
コバルトブルーの小さな円柱が並び、光を跳ね返している。
その後ろのパネルからはモデルの女性が流し目の視線を寄こしている。
細い指を顔に沿わせ、ひんやりとした目元に映える紫色の唇。
ずらりと、まるで宝石の柱のようにならぶルージュは赤やピンクだけで何色もある。茶系やオレンジ系も、それぞれの中間色も無数にある。
金元さんはこんなにたくさんの中からどうやって選んでいるんだろう。わたしの初めての一本はどう選べばいいんだろう。
「奈緒、ほんとに買うの」
「うん」
カクテルライトの光のなかへ奈緒はおっかなびっくり手を伸ばす。
大丈夫。お金ならある。
お店の人が近づいてきた。ビューティーアドバイザーとかいう人だ。
「お色、試してみますか?」
「えっと、いえ、やっぱりいいです」
ちいさく頭を下げて、奈緒は売り場から離れた。エスカレーターのところで追いついてきた美岬が「いいの?」と聞いた。
「また来たときにする」
答えながら、奈緒はホッとしていた。
美岬の後ろにデパートからのお知らせが貼ってある。
日頃のご愛顧に、感謝の全館20~50%オフ
サマーバーゲンチャンスは二〇日から(一部ブランド品は除きます)
夢の空間が急にディスプレイされた場所に変わっていくように感じ、奈緒は「ごめんね、せっかく付き合ってもらったのに」と早口で言った。
「奈緒がいいならいいよ。また来ようよ、楽しかった」
美岬は笑顔のままそう言った。
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