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 今年の夏祭りは、八月一日という切りの良い日だった。  毎年、町役場隣りの小学校のグラウンドが会場になる。  出店がグラウンドをぐるりと囲み、ステージもこしらえられて漫才なんかが披露される。  グラウンドの中央にはやぐらが組まれて、そのうえから太鼓が打ち鳴らされる。  過疎の進む町でも、人が集まれば活気をみせる。きっと今年もにぎやかになるだろう。  朝、母親から「浴衣出す?」と聞かれた奈緒は、面倒だからいい、と答えた。  下駄で歩くのはなんといっても苦手なのだ。  それに、午後から夏休みの宿題を一緒にやろうと優斗に誘われている。たぶんそのまま祭り会場にいくことになる。  彼の家に行くのは初めてだ。  昼食を済ませ、一時ちょうどにベルを押した。家の人は今夜の夏祭りの準備に駆り出されていた。  彼の部屋は二階にあって窓が二面にあって明るかった。  こざっぱりとした部屋にはポスターや趣味を思わせる小物のようなものはなにもない。マンガくらいのものだ。おとなしい彼のイメージとよく合っている。  小さなテーブルにプリントを広げると、今夜の祭り一緒に行かないか、と予想どおり言われた。  ただ、奈緒の浴衣姿が見たい、と言われたのは予想していなかった。 「そんなに見たいの?」  そう聞いた奈緒に、優斗はすこしはにかみながら答える。 「うん。ふたりで浴衣を着ていくのっていいと思わない?」  まあ、わからなくもない。 「じゃあ、そうする?」  優斗の大きな笑顔をみて奈緒も嬉しい気持ちになる。  いちど帰って、やっぱり浴衣だしてって言わなきゃ。髪もやってもらわないと。  宿題を始め、シャーペンを走らせていると視線を感じた。 「なに?」 「いや、なんでも」  優斗くんは慌てたように勉強に戻るけど、またこっちを見ている気配がある。気にしないようにしていたら、腕を当ててきた。  邪魔かな、と少し距離をとる。
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