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飛び散る水飛沫のなかを滅茶苦茶に自転車を漕いだ。
服も鞄も靴もぐしょぐしょになる。
道路には水が溜り、空にはバリバリと雷鳴がとどろいている。
山は雨を浴びて霧を漂わせはじめた。
徐々に下ってくる霧はつぎつぎと合流して、周囲を白く覆い隠していく。奈緒は霧の濃い方へと向かって角を曲がっていく。
どうして自分が泣いているのかわからない。
怖かったせいもある。でも優斗くんは手を止めてくれた。
雨と霧のなかをあてもなく走るうち、いつの間にか、普段は来ることのない山際のほうまで来ていた。
「ボー」という船の汽笛のような音が聞こえる。
まるで古い映画みたいだ──そんなことを奈緒は思った。
音は「バー、ボー」「バロロ」と音階を試すように繰り返している。
いったい、なんの音だろうか。
音に引き寄せられていく奈緒の前に、おおきなウッドハウスが現れた。
三角形の建物は背後を木立にうずめるように建ち、頂点のところにある窓は明かりを灯して開け放たれている。
その光のなかで麗奈が金色の楽器を咥えて吹き鳴らしていた。
「奈緒! どうしたの?!」
雨のなかから見上げる奈緒に気付き、麗奈は叫んだ。
窓から身を乗り出すと「入って」と玄関を指差して引っ込んだ。
駆け降りる音が外まで聞こえ、玄関が勢いよく開かれた。
飛び出してきた麗奈は奈緒の手を取って玄関に引き入れると、待ってて、と奥へ駆け込み、何枚かバスタオルを持ってきた。
服の上からお構いなしに水滴を拭き取ると「とにかくシャワー浴びて」と強引に浴室へ押し込みドアを閉めた。
「そんな、いいよ」
声をかける間もなく、麗奈はまたバタバタと階段を駆け上がっていく。
奈緒はしかたなく服を脱ぐと、脱衣所の籠におそるおそる置いた。
おずおずとシャワーを借りる。
すこし高い湯温に身体のこわばりが解けていく。大きく息が漏れた。
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