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「あんな格好で、なにがあったの」  サックスを片付けた麗奈は意を決したかのように問いかけてきた。慎重な声の響きだった。  奈緒は手のなかのカップに目を落として答えた。 「優斗くんに無理やりキスされたの」  麗奈が体に力を込めたのがわかった。 「それ以上はなにもなかったよ。嫌って言ったらやめてくれたの。わたしも、いつかはそういうこともって思ってた…………けど……」  麗奈はじっと話を聞いている。黙って話すタイミングをゆだねている。 「……男子がそういうこと……したがるのはわかるよ。けど、俺の気持ちはどうするんだって言われて、わたし、彼の望む女の子になれてないんだって思えて……」  そんなのになる必要ないよ、と麗奈は言った。 「優斗くんはわたしに浴衣を着てほしかったの。一緒に浴衣を着てお祭りに行きたかったんだって。でもわたし、本当は下駄が苦手で……」 「着たくないのに無理して着ることない。だれかの望んだ奈緒になんか、なることないよ」  それじゃ誰の傍にもいられない。  優斗くんや美岬や金元さんが望むようなわたしじゃないと、誰かの傍にいるためにはその人の望むわたしじゃないと。 「奈緒が望む女の子になるんだよ」  顔をあげ、麗奈を見る。 「無理してなりたくない自分になるんじゃない。言いたいことも聞きたいこともちゃんと言葉にして、頑張ってなりたい自分になるの」  責めるでも叱るでもなく、麗奈の言葉は風のように背中を押す。  わたしは……わたしがなりたいわたしは……。 「どうしてあの日、来てくれなかったの……」
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