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「違うよ、奈緒の勘違いだよ。あんな本を読んでたのはお父さんに田舎暮らしを失敗させたかったからだよ。ごめん、奈緒。奈緒がイメージしてたあたしじゃなくてごめん。だけどあたしは、みんなと一緒に演奏したいの……」
わたしは麗奈に自分の理想と希望を押し付けていたんだ。麗奈は、東京の『みんな』が大好きで、向こうでプロのサックス奏者になろうとしてて……。
そうか、転校してきたあの日から麗奈は守ってきたんだ。
東京に戻りたい気持ちを、この町のみんなから守ってきたんだ。
誰にも触れさせないように、麗奈のほうが先に見えない壁をつくっていたんだ。
「麗奈……」
麗奈がかわいそうになった。だって麗奈は『みんな』のことが忘れられずにいるのに、東京のみんなは、もう……。
「冒険にいこう。いまから」
麗奈をこれ以上ひとりにさせないためにそう言った。
「このまえ行けなかったところ。山のうえの廃墟で一晩過ごすの、ふたりだけで」
窓の外に見える、あの白亜の城で。
「なんの意味があるの……」
意味なんてない。ただ、わたしがそうしたい。
「あそこで麗奈のサックスを聴いてみたい」
麗奈は外へ目を向ける。青を取り戻した空がサックスに映り込んでいる。
夏の風が吹き込んで雨と緑の匂いがした。
「わかった」
麗奈は潤んだ瞳を向けた。
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