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 自動ドアが開いたとたん、むわっと湿度の高い夏の空気がまとわりついた。 「ねぇ、なんで急にメイクなんて言い出したの。やっぱり優斗くんに見てもらいたくて?」  駅へと歩き出すなり美岬にそう聞かれ、奈緒は「ちがう、ちがう」と慌てて否定する。 「わたしもさ、そろそろああいうのに興味持ったほうがいいのかなって、そう思っただけ」 「あー、なんかわかる」  ショーウィンドウに映る姿を歩き見ながら、美岬は言った。 「自分はこんなに小さな舟だったのかなって感じがして焦るよね」  たぶんそうかな、と思って奈緒はうなずいた。  自分は足りないものだらけだ、高校に入ってから奈緒はそう思うことが増えていた。  ちょびっとしか持っていない。それも、さほど価値のないものを。  おなじクラスの金元さんはいろいろと持っている。お洒落でスタイルもよくて、鞄につけたアクセサリーも制服のワンポイントもセンスがいい。叱られない程度のメイクとヘアアレンジでいつも綺麗にしている。  ハンサムでスポーツ万能の三浦君もいろいろと持っている。誰に対しても面倒見が良くてクラスのなかでリーダーシップを発揮している。小学生からやっているテニスは三年生とも互角にやりあえる腕前だと聞いた。  新入生代表であいさつした水越さんは最初の中間試験でも大差をつけた一位だった。成績が良いのはそれだけで絶対的な発言力だし、そのうえ家はお医者さまだ。  三人はいつも一緒にいて、伸び伸びと自由にものを言える。  より正確に言えば、三人のまえで奈緒は自由でいられなくなる。  彼らと話すとき、どういうわけか自分からへりくだる態度をとってしまう。三人が言ったことを否定したり拒否したりできない自分になる。  奈緒だけでなく、クラスのみんなもおなじだ。  どういう法則がはたらくのかわからない。けれど、金元さんたちの言葉がクラスの基準であるような、それに同調できなければ異分子あつかいされそうな、そんな強迫観念がはたらく。
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