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1. 宇治はまほろば
ふわりと包み込むような風が吹いて、淡い花びらが箒の先を追いかけっこしてゆく。あちらこちらで小鳥たちが、ピチピチと爆ぜるようにさんざめいている。
手を休めると目を細め、春霞の空を見上げた。
滔々と流れる宇治川の上空では、黄金の翼を広げた鳳凰が、優雅に尾をたなびかせ滑空していた。桜色の雲間で、天女たちは戯れに楽器をかき鳴らし、迦陵頻伽のさえずりが重なり得も言われぬハーモニーを奏でる。朝日を受けて輝く御殿では、阿弥陀様がまったりと緑茶を啜りつつ、極楽の音色に耳を傾けておられる。
心清く、徳高きひとの目に、宇治はそのように映る。はずである。
だって。
いたって普通の女子高生である私に、スマイルたちが見えるんだもん。
「へっっくしゅん!」
我慢できずに特大のくしゃみを放つと、私を取り巻いていた彼らが一斉に飛び上がった。
「へへ、びっくりさせてごめんね」
小袖のたもとからティッシュを取り出して、チーンと鼻をかむ。朝、参道を掃き清めるのは私の仕事だ。一年で一番心弾む季節のはずの春が、花粉症のせいで台無しだ。
恐る恐るといった体で、彼らが舞い戻ってくる。
「今日は特にひどいわ。目が痒くてたまんないよ」
発光するタンポポの綿毛のような彼らを、私は小さな頃から勝手にスマイルと呼んでいる。
目も口もないけれど、なんとなく、いつもにこにこと笑っているような気がするからだ。
大した徳もない私に、神の使いである彼らが見えるのは、ただ一重に、この宇治上神社に生を受けたおかげだと思っている。
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