桜の下のケーキ

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二年前 僕が大学二年生の時 行きつけの喫茶店があった。 カランカラン 「いらっしゃいリョウくん」 「こんにちは、今日もいつものでお願いします」 ブルーマウンテンのコーヒーと ショートケーキのことだ。 初めてこの店に来た時に 店主の加々美さんにおすすめされたメニューだ。 「リョウくんはずっと同じコーヒーを頼んでるけど、よっぽどブルーマウンテンが気に入ったんだな」 名前がかっこいいからだ。 「はいどうぞ」 僕はこのメニューを窓の外を眺めながら食べることにしている。 何かかすかな優越感に浸れるからだ。 「加々美さん、この花はもしかして桜ですか?」 ショートケーキにはいつも何かしらの飾りがついてる、加賀美さんのこだわりだ。 「作り物だけどね、綺麗だろ」 「綺麗ですけど、まだ年末過ぎたくらいですよ?」 「冬にも桜を感じて欲しかったんだ、変に新鮮味がないか?」 「確かに変な感じです」 冬に桜は咲かない、当たり前なことだが 改めて認識すると冬の寂しさを思い出す。 カランカラン 「こんにちはー」 「リホくんいらっしゃい」 「店長ごめんなさい、私この後教育課程の講義があって早めにあがっちゃいます」 「オーケーわかった」 彼女はこの喫茶店のアルバイトのリホさんだ。 同じ大学の生徒で好きなコーヒーはキリマンジャロだ。 「あ、リョウくん来てる!」 彼女は僕に気づいたようだ。 「こんばんはリホさん」 「むむ!そのケーキの上に乗っているのはもしかして桜かな?」 「今日は桜の飾りだって、ちょっと早いけどね」 僕がそう言うと彼女は目を輝かせて 「なんか冬に桜を見ると、満足感みたいな、安心感みたいな感じがするね!」 店長が笑った 僕も笑った 三月上旬 まだ寒い しかし『春休み』だ。 「あれ、リョウくんじゃん!」 横を見るとそこにリホさんが無邪気に手を振っていた。それはもうブンブンと。まるで我が子を見つけた母親のように。 「リホさん、リホさんも誕生日プレゼントを買いに来たんですか?」 三月六日は加賀美さんの誕生日だ。 だからこうしてプレゼントを選んでるわけだが、 「え、マスターの誕生日って明後日なの!?知らなかった!」 まあ知らないのも無理はない。僕だって知るはずがなかった、ただたまたま加賀美さんの免許証を見てしまった時に知っただけだ。 「私も選ぼうかな、店長にはお世話になったし」 こうして二人でプレゼントを選ぶことになった。実はこれが初めて喫茶店以外の場所での会話だ。 「やっぱり実用的なものが...」 「この色店長に...」 と言った具合でいろいろ話し合った結果、 やはりマグカップになった。 選び終わった後、小腹が空いたので 僕たちは近くのカフェでご飯を食べた。 リホさんはさくらんぼが乗ったパンケーキを、 僕はサンドイッチとアメリカンコーヒーを注文した。 「いい買い物をしたね!店長絶対喜んでくれるよ!」 「そうですね、きっと大切に使ってくれます」 「それにしてもリョウくんって結構まめなんだね、誕生日とか気にするんだ、意外」 「今回はたまたま知っててたまたま覚えてただけです、いつもは当日に知って当日に調達しますよ」 リホさんは笑いながらも共感していた。きっと彼女にもそう言う側面があるのだろう。 「リョウくんは将来とか気にするタイプ?」 「いや、全然気にしてないですね、今を満喫するタイプです」 「そっかー、まだ決まってないんだね」 「リホさんはもう決まってるんですか?」 「私は大学卒業したら教師になりたいの、そうゆうの向いてそうじゃない?」 確かに彼女は人に好かれる素質があると思う、なんといっても明るいからだ。 しかしかなり抜けている節がある、そう言う点だと不安だが、 「向いてると思うよ、リホさんは明るいし人気になると思うよ」 「そう?よかった!そう言ってもらえると嬉しい!」 欠けているものはいつの日か埋まる、そう相場で決まってる。だからたとえ今足りないものもいつかは埋まる、僕たちはそれも視野に入れながら選択しないといけない。 三月六日 夜になり、closeの看板を立てた。 僕たちは加々美さんに声をかけ、誕生日ケーキとプレゼントを渡した。 「「ハッピーバースデー!!」」 加々美さんは最初は戸惑いながらも、すぐに笑みをこぼし、 「ありがとう二人とも!綺麗なマグカップだね!」 「店長といえば桃色なので、桜のデザインにしました!」 「喜んでもらえて嬉しいです」 加々美さんはマグカップを手に取りながら嬉しがっていました。僕たちは閉店した後一緒にケーキを食べながら話した。 ケーキの皿を流しに置いたぐらいの時 加々美さんは暗い表情をしながらこう言った。 「実は五月からこの店を閉めることを予定してるんだ。」 突然の告白に僕とリホさんは言葉を失った。 僕がこの喫茶店に通い始めてもう少しで一年となるのに。 満開だった桜が、散り始めた。 理由は加賀美さんの親の体調が悪化してしまい、その看病に付き添うため引っ越すからだそうだ。 だから実際は四月中旬から閉まった。 その間僕はリホさんとこれといった会話をすることはなかった。 喫茶店が閉まってからはリホさんと会ってない、彼女と話したあの時間はまるで夢のように心に残った。 別れには大抵桜がそばにいる。 そばで見守っている。 桜を見るたびに、僕はあのショートケーキを思い出す。二度と食べれない夢のケーキを。
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