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①「尾刃冴羅は密室を作る」
歌墨高校が副生徒会長のひとり、尾刃冴羅は、こっそりと忍びこんだその書斎のなかで、脱力しきった右手からその資料を奪い取った。
眠りこけているのは尾刃の伯父、冴羽余暇だった。連日の激務からか、デスクトップに突っ伏して寝息を立てている。
資料は、冴羽の捜査している殺人事件についてのものだった。
とは言っても、見た限りでは、さほど難しそうな事件というわけでもなさそうだ――少なくとも、冴羽個人が抱え込み、思い悩むような問題には見えなかった。
それは、いたって普通の事件のように見える――凶器は灰皿であると確定しているし、死因は打撃による脳挫傷で、容疑者はすでにリストアップされている。
そこまで分かっているならば、あとは簡単な話だろう――現場に残された物品を探してDNAを採取し、容疑者と照らし合わせるだけでいい。アリバイのない人間を探すのでもいいだろう。どちらにせよ、犯人はすぐに見つかるはずだ。
と、そこまで考えたそのとき――尾刃の手が、不意に止まった。
「……なに、これ」
思わず声に出る。
そして考え直した。
いや、なに――というよりは。
これだ。
(これこそが、伯父さんを苦しめている諸悪の根源だ)
尾刃は、ポケットをまさぐる。そして、慌てたようにスマートフォンを取り出すと、冴羽が起きないように気を付けながら、それらの資料をこっそりと撮影した。
そして再び、その書類を冴羽の手のなかに戻し、書斎から出ると――古典的な密室トリック、いわゆる〈隙間と糸〉によって内側からその扉の鍵を閉めた。
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