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悟ると同時に、総身が粟立つ。少女は叫び、水を蹴って駆け出した。何かに躓き転びかけ、踏みとどまる。視線を落とすと、フルールと名乗っていた例の妖精が水没していた。
抜け殻のように、ぴくりとも動く気配がない。推察するに、彼女の本体はピンクの巨大な人喰い花だったのだろう。
後ろを見ると、熊は斧の回収に向かっていた。これ幸いと少女は陸地に上がり、来た道を戻る。
オブジェの散乱する陸地は走りにくいことこの上無かったが、水に足を取られるよりはマシだ。すっかり沈黙した妖精達や造り物の花の間を駆け抜け、表にまろび出た。
熊はまだ居ない。けれど、油断は出来ない。少しでも距離を取っておこうと、宛もなく歩を進める。
「まりあ!」
横合いからの声に、ハッとした。〝まりあ〟という響きに、少女は反射的に振り向く。それが忘れていた自分の名前だと、瞬時に自覚した。
幼い少年のような声には聞き覚えがなかったが、視界に捉えた相手の姿には覚えがあった。――脳裏に映像が閃く。
白い毛並みのチワワ。肉球型のプレートを提げた赤い首輪。大きな耳をぺたんと伏せて、潤んだ丸い瞳で少女を見上げている。
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