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「さくら、マスク何かついてるよ。口紅?」
「え? リップは外にはつかないでしょ……」
友人の声に、あたしは慌ててマスクを外そうと耳に掛けたゴムに手を伸ばした。
「あ、取れた。汚れじゃなくて、……桜?」
「何?」
「違う。あんたじゃなくて、桜の花びら」
はらはらと宙を舞って落ちる、淡いピンクの一片。なるほどね。
「いつから付けてたんだろ? まあ、今あちこちで花びら飛んでるもんね~」
「マスクしてなかったらさ、口に入ったりしたよね。薄くて小さいから息吸った拍子にさぁ」
「見た目は風流でも汚いよね」
大学前の桜並木の下で笑い合いながらも、地面に落ちた無数の花びらが気になった。このあたりでは有名な撮影スポットだから、道端で三脚構えてるカメラマンも何人かいるけどレンズはみんな上を向いてる。当たり前よね。
「さくら、焼肉食べに行かない?」
「は⁉ 何でいきなり焼肉よ。今日はやだ。服に臭いつくじゃない。お気にワンピなのに」
「桜見てたら肉だなって。あたしの地元じゃ花見でジンギスカンが定番なのよ」
「それ、ホントに肉焼きながら花見てる? ……菜実、焼肉は予告してくれたらそのつもりでガシガシ洗える服着て来るから。今日はパスタにしようよ」
「わかった~。じゃあさ、パスタとピザのいつもの店行こうか」
道を覆う花びらが綺麗なのは最初だけ。ピンクの絨毯があっという間に色あせて、踏みつけられて……、見るも無残な状態になる。ただのごみに成り下がる。毎年繰り返される、その光景。
途切れずにお喋りしながらも、頭の片隅で考えてしまう。高校生だったあの日から花見なんてしたことなかった。それでも、この季節に外を歩けばいやでも目に飛び込んでくるピンク。
菜実にとって桜と結びついてるのは焼肉? じゃあ、あたしには……。
桜。……さくら。
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