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降りた先は低い屋根の並ぶ住宅街で、少し歩けば山に繋がる郊外の未開発地域。
都会と自然の狭間にある人の少ない集落だった。
全く考えなしに来てしまったが、歩いてたどり着いた辺りを一望できる丘。
特別な夜だからか、意外と人いる。
さすがに黒パンプスの女ひとりはいなかったが、意外と無心で丘を登れるものだと驚いてしまった。
(体力ないくせにこういう時だけは歩ける謎)
空を見ると星が輝いており、チラチラと流れ星が見えていた。
(みんな流星群見に来てるんだなー。 でもやっぱり女一人で見に来てるのはちょっと恥ずかしいかも)
男性一人か、または大学生くらいの集団しかいない。
ポツンと立っているスーツジャケットを羽織った3センチヒールの独身女は私だけだ。
これが女の孤独というもの。慣れたものだ。
未来予想図は結婚して子ども二人、ローンで家を買って仲睦まじく……なんていう昭和の好景気みたいだったはず。
好景気を知ることのなかった世代の私にはそれこそおとぎ話で、美味しい味かを問いたくなるものだった。
(穴場でもないかなー?)
あたたかさを求めたはずが冷えていく。
トホホと私は腰を曲げて草を踏み、その場から離れた。
「あ、こっちは人いない」
もう少し高いところへと登り、人目を避けるように歩いていくと小さな穴場スポットを発見する。
柵のない少し足場の悪い場所だが、そこから見えたものは世界を一変させるものだった。
下には住宅の明かり、上には星空、夜に駆けるは見飽きることのない光の競走。
(こんな満天の星空、こっち来て見るのはじめてだなぁ)
スマートフォンを点滅させると、時間は見頃を迎えたことを表示していた。
「見に来てよかった」
これは酔いしれたくなる光景だ。
誰にも縛られない、溶け込みそうになる幻想的なものだった。
「黒咲くんも、見たかっただろうな」
大人が子どもに言う亡くなった人の例え。
黒咲くんも星になったんだ。
もう、いない。
実感なんてないくせに、死を想うと涙が溢れた。
ボヤけた視界をそのままに私は流星群を見る。
小さい光がどんどん大きくなって、輪郭がはっきりと見えるようになっていった。
「わ、すごい! こんな近くに見えるものなんだ……」
だが夢から覚めるのも早いのが現実。
身に迫る危険にロマンティックなことを考えられるほど、思春期な脳は残っていなかった。
「……え? 近……」
真っ白な閃光が私を飲み込んだ。
「な、なんだったの?」
瞼を閉じても眩しかったそれが消えたのを感じると、ゆっくりと目を開く。
そこは流星群の空は同じでも、柵があり下に見える光景は全く異なるものだった。
それでも知っているセピア色になっていた記憶の景色。
「え、ここって……」
「時森?」
「えっ!?」
急に背後から呼ばれて心臓が跳ねる。
声を聞いただけで、まるで全身から涙が溢れそうな熱い情が込み上げる。
私は髪を乱す勢いで振り返った。
カーディガンを羽織り、ネクタイをゆるめた制服姿。
まだあどけなさの残る端正な顔に、やや長めの前髪をした夜に溶ける黒い男の子がそこにいた。
「なんでお前ここにいんの?」
振り返るとそこには黒咲くんがいた。
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