オルゴールの木の実(童話)

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オルゴールの木の実(童話)

 いつからか、オルゴールはありました。  金かざりのついたオルゴールでした。遠い外国の港町に似合いそうな、古いがっしりとした木でできていました。ふたを開くと、中にはふさふさの赤いビロードがはられています。そして、同時に聞こえてくるそのうたは、聞くものの心をとろけさすように甘く、身をきらせるようにせつない調べでした。  ユマが、オルゴールの持ち主でした。ユマはとっても素直な子です。お母さんにおつかいを頼まれれば、いやだといったことがありません。友だちが誘いにきたってそうでした。けれども、オルゴールを聞いているあいだだけ、ユマはちがう女の子になってしまうの です。 「ユマちゃん、八百屋さんまでいってきて」  ユマのお母さんがいいますと、 「いまはだめ、あとで!」と、ユマは答えます。 「ユマちゃん、あそぼ」  ユマのいる窓に向けて、お誘いの声がかけられますと、 「いまはだめ、あとで!」  きっとユマはそう答えました。 (わたし、知ってるのよ。うーんと昔、若い音楽家さんがいたんだ。その人はとても貧乏で、一生けんめい曲を作ったけれども、ちっとも売れなかったの。だけどね、その人にはかわいい奥さんがいて、その人のことを、いっぱいたくさん愛していたのよ。  ある日――きっとそれは、お星さまがキラキラと輝いて、すきとおったお月さまの光が、街じゆうにふりそそいでいた夜だと思うわ――、その人がね、頭をかかえて、しょんぼりとしていたの。『ぼくにはできない。人の心を動かす曲なんて、ぼくにはできっこないんだ』って。すると、その人の奥さんは、その人のそばまでくると、何にもいわずにハミングしたの。心がとろけるように甘くて、身をきるようにせつない曲をね。若い音楽家さんはびっくりしてしまったわ。『その曲、どこで憶えた』って、奥さんにたずねたの。そしたら、若い音楽家さんのかわいい奥さんは、こういったのよ。『これは、あなたの心がわたしの心の中にならしてくれた曲です』って。それが、このオルゴールの曲なの!)  ユマはオルゴールとともに年をとりましたが、そのオルゴールはあまりにもおじいさんだったために、ユマよりもずっと先になくなってしまいました。ユマは泣きました。オルゴールの思い出を抱いて、絵をかいたこと、遠足に持っていって、みんなに笑われたことや、大きな青い目の人形の家にしたことで、胸をいっぱいにしながら、お父さんやお母さん、時計屋のご主人や、おもちゃ屋のだんなさんのところをかけまわりました。けれども、オルゴールは、決して生きかえりはしなかったのです。そんなにも長い年月、人に曲をあたえながら、オルゴールの鉄の心臓は、がたがたにさびついてしまっていたのでした。ユマは泣きました、  前のときよりもいっそう深く泣いて、泣いて、泣き続けました。そして、つきることのないと思われた涙のかれたあと、ユマは、うちの庭のすみっこに、オルゴールのお墓をたてたのでした。  それからいったい何年が過ぎさったのでしよう、ユマはもう女の子ではなく、ひとりの、ちょうど当時のユマくらいの年ごろの女の子の母親になっていました。たくさんの別れや、やはり数知れない出会いのうちにいつしかユマの心から、オルゴールの思い出は消え去ろうとしていました。  そんなときです。 「おかあさん、あたし、おばあちゃんちで木の実ひろったのよ。あけると、ほら、おんがくがきこえてくるんだ!」  小さな女の子の拾ってきたその実は、ユマの手の中でコロコロと小さくころげながら、あのオルゴールの曲をかなでたのです。  その場に立ちつくしながらユマは、目と心いっぱいに、懐しさの涙があふれるのを、とめることができませんでした。(了)
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