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初恋というのは特別だ。
歳を重ね、たくさんの経験をし、たくさんの人と関わり、そしてたくさんの人と身体を交えても、ふとしたなにかのきっかけで思い出してしまう。
匂い、風景、そして音楽。
あのころの何かと出会う度に、無意識に記憶が蘇り、一瞬胸を締め付ける。
やっぱりあれが初恋だったのかな。
店内に流れる懐かしのメロディに、オレの胸がキュッとする。
あれは暑い夏のおわり。
中学2年の時だった。
中学で知りあい、仲良くなった友達が急にうちに遊びに来た。
あのころはまだスマホはおろか、携帯すら持っておらず、連絡手段と言えば家の電話だった。それも男子というのはそれすらも滅多にせず、いきなり家に訪ねたものだ。だからその時も、オレは大して気にもせずそいつを家にあげ、遊ぶことにした。
もう夏休みも終わり、明日から新学期が始まる。
だからきっと、その夏休み最後の日を楽しもうとオレのところに来てくれたのだと思った。なのにそいつは、何を言うわけでもなくただ部屋に座ってオレが出した麦茶を飲んでいる。
さすがにオレも変に思ってきたその時、不意にそいつが言った。
『あのさ・・・』
その言葉と共にオレに覆いかぶさったそいつはそのままぶつかるように唇を重ねた。
何が起こったのか分からない。
唇に当たる柔らかい感触。
訳が分からないまま唇が離れ、真剣なそいつの瞳にぶつかった。
『嫌だった?』
その言葉に、なぜオレは首を振ったのか。
今でも分からない。
でもオレはその時確かに嫌ではなかった。だからオレは首を横に振り、そしてそいつは、再びオレに口付けた。
さっきと同じ触れるだけのそのキスは、けれど止まることなく深くなり、そして入ってきた舌は口内を犯していく。
今でも思い出すと、胸が痛くなる。
恋とか愛とか、まだ全然考えていなかった。
キスなんて、本やテレビの中の出来事でオレには全く関係なかった。
だけどあの夏の暑い日、オレはそいつにキスされた。
そいつの舌がオレの口内を蹂躙し、そしてそいつの手がオレの身体に触れてくる。
それが苦しいくらいオレの身体を熱くし、そしてそれはオレをオレの知らないオレに変えた。
口内を這い回る舌に息が上がり、お腹の奥がじんじんと疼く。そして・・・。
一瞬にして思い出したあの日の記憶に、オレの胸は締め付けられる。けれどオレはその痛みを消すようにグラスを一気に煽った。
結局あの日、オレはそいつと身体を重ねた。
それがなんであるかも分からずに。
ただただ身体中を暴れ回る熱に浮かされ、身体を開かれ、そして交わった。
その時の初めて味わう快感と、身を裂くような痛みは、いまもオレの記憶の中に残っている。
どうしてそいつはいきなりあんなことをしたのか。そして、どうしてオレはそれを拒否しなかったのか。それは今でも分からない。なぜならその答えをもらう前に、そいつはオレの前から消えてしまったからだ。
次の日行った学校に、そいつはいなかった。
どんな顔して会えばいいのかとあんなに悩んでいたのに、そいつは学校には訪れず、担任から転校を知らされた。そいつは夏休みの間に引っ越して、転校していたのだ。
だから分からない。
なぜそいつがオレにあんなことをしたのか。
そしてオレの心も分からないままだ。
なぜそいつを受け入れたのか。
だけど、いま思えば初恋だったのかもしれない。
その時のことをずっと忘れられなかった。
いや、忘れようとしたし、実際忘れていた。けれどふとした瞬間に思い出すのだ。どんなに時が流れても、一瞬にして記憶がよみがえり、そして胸を疼かせる。いま、この時のように。
オレはおかわりを頼み、それも一気に煽った。とその時、隣に人の気配を感じた。
「隣りいいかな?」
見ればグラスを片手に男が立っている。歳の頃は20代半ばだろうか。身体つきは悪くない。そして顔も。
今夜はこいつでいいかな?
「どうぞ」
オレはそう答えると、おかわりをもう一杯頼んだ。
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