第3話 胡蝶の夢

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第3話 胡蝶の夢

 涼子は朝食の後片付けをしていた。平日は、後片付けは夜に纏めてやるが、今日は土曜日なので、先に片付ける事にした。  兄の太一は、仕事があると早くに出掛けてしまった。  テレビは消している。さっきみたいに昆虫食の話題が出たら、とても気持ち悪い。いくらメディアで良い物と言われても気持ち悪いものは、気持ち悪い。虫が好きな人だけが、趣味の範囲内で食べれば良いと思う。それに身体に良いのかわからない。現代は小麦粉や牛乳でもアレルギーがある人が多い。その点は慎重にした方が良いだろう。コロナで医療逼迫している時に、昆虫アレルギーで医療従事者の手を煩わせるのは良くない。頑張っている医療従事者の為にも昆虫食はやめた方がいい。  片付けが終わったら、読書タイムだ。筋肉バカ と言われるのは癪なので、最近は勉強もしていた。来年は受験もあるし、筋トレはほどほどにした方が良いと判断していた。図書館で、興味のある本を適当に借りただけで数学や英語、古文の本を読むわけではないが。  今日は「人間の想像力と創造力」という新書を読む事にした。リビングのテーブルに紅茶を出し、ゆっくりとこの本のページを向かった。著者は宗教学者、心理学者という肩書きを持ち者で、少しスピリチュアルというか、オカルトティストでもあったが、なかなか面白い。  この本によると、人間の思考や言葉は、未来を創る力があるらしい。人は神様と似せて作られていて、動物や植物はただ有るだけで、何かを新しく造る事はできないという。  その創造性は、ネガティブな思考や言葉で封じ込められてしまう可能性もあるらしい。特に恐怖の感情は、そういったクリエイティブな活動を封じ込めてしまう。 「へー、そういうもんか」  本の内容は少し難し買ったが、何と無なく思い当たる節はある。イライラした気持ちで作った料理は、どこか味が残念だ。逆にポジティブな気持ちで作った料理は、評判がよかったりする。兄の誕生日にパエリアを作った事があったが、やたらと評判が良かった。  さらにページを読みすすめると、誰かと同じ思いで想像したり思考すると、より現実に反映されるとも出てくる。宗教での祈りや儀式は、そういった思考、想像を増し加えるものらしい。カルト宗教のそばで事故が多発するのも、ネガティブな思考や想像が現実化しているという仮説も立てられていた。聖書で言われている悪霊がそう言ったエネルギーを食べているのではないか?という仮説も立てられ、なかなか面白い。本では目に見えない霊的な存在を肯定し、仮説や実験結果なども書かれていた。 「つまり、ポジティブな気持ちで想像したり、思考すれば、なんかよくわからない目に見えないものが、動くって事なんかな? それは、大人数でやればさらに効果があるのかな? うーん、でも思考が現実化っていうのは嘘くさいな。私だって宝くじ当てたいっていっぱい考えてるけど、当たった事ないよー」  本は難しかったが、なかなか面白くはあった。満足して本を閉じた。  同時に兄の部屋から目覚まし時計が鳴っているのに気づいた。目覚ましが鳴る時間を間違えたようだ。 「うるさいなー、もう」  太一の部屋に入るには気が引けたが、目覚まし時計を止めるだけの目的で入るので仕方ない。  涼子は耳を塞ぎながら太一の部屋に入った。太一の部屋は、元々父の書斎だったが、本棚はゲームやライトノベルで溢れていた。フィギアやポスターも飾ってあり、一目でヲタクの部屋だとわかる。  正直、涼子にはわからない世界だが、ベッドサイドにある目覚まし時計の音を止めた。すぐに静かになり、思わずホッとしてしまう。 「この子は、幼児体型だわ。筋トレした方が良くない?」  ふと、棚にあるフィギアが目についた。確かに可愛らしいアイドルのようなフィギュアだったが、幼児体型だ。胸もなく、猫背でO脚だ。筋トレ指導をしたくなってしまった。 「異世界もののライトノベルや漫画ばっかりねー。それだけ現実世界に不満でもあんのかな」  本棚やフィギアを見ているだけで、太一の心の闇が見え隠れしてくる。今度女友達でも紹介した方がいいんだろうか。しかし、女子高生とアラサー男が付き合うとなると、だいぶ犯罪臭いか。  そんな事を考えている時、机に雑誌やインターネットの記事を印刷したものが、たくさん積み上げているのが気にになった。  どの記事も「稲村祈」というゲームクリエイターに関するものだった。まるでストーカーのように、この人物について調べているらしい。 「ゲームをリアルな五感を持ったように遊べる異世界転移ゲーム? リアル世界転生ゲーム? 何これ?」  稲村祈という人物は、そんな夢のようなゲームを開発していたらしい。 「一度ゲームをすると、まるでゲームの世界にワープしたかのような感覚が味わえます。アバターを選択すれば、異世界転生のような気分も味わえます。って何この変なゲーム……」  そう言った直後だった。  部屋にあるテレビの電源がついた。テレビの電源もリモコンは一切操作していなかったはずだが。 「え、何?」  しかもテレビ画面は、何かのゲームを表しているようだった。日本とは思えないような、ファンタジー世界の森の映像が流れていた。耳の形が独特なモフモフの動物もいた。犬なのか猫なのかキツネなのかよくわからない感じで、日本には居ない動物だった。 「え? 何これ???」  しかもテレビ画面は水面のようにゆらゆらと揺れ始めていた。 「ど、どういう事!!!」  叫んでも遅かった。なぜかテレビ画面から大量の水が流れて、涼子の身体はあっという間に飲み込まれてしまった。 「助けて!」  叫んでも無駄だった。水に溺れてしまい、気づくと意識を失っていた。  もしかしてここはゲーム世界?  薄れかける意識の中、現実と仮想世界の区別が曖昧になっていた。夢と現実の区別がつかない事を「胡蝶の夢」と言うらしい。現代文の授業で習った事を何故か思い出していた。
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