第4話 この異世界は悪くないです

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第4話 この異世界は悪くないです

 死んだのかと思った。  自分は筋トレと料理好きの17歳、女子高生。両親は死に、10歳上の兄と二人暮らし。勉強は運動より得意ではないが、壊滅的では無い。来年の大学受験の為に着々と準備中のはずだった。  家は裕福ではないが、兄・太一はゲームクリエイターのおかげで、貧乏ではなかった。兄のおかげで奨学金無しで大学に行けるはず。将来は栄養士になりたかった。  自分についての情報を思い巡らしていた。たぶん、自分は夢の世界にいるんだと思うが、現実を全て忘れてしまったら、もう二度と帰れない気した。  何度も涼子は、自分の現実的な情報を思い巡らした後、目を開けた。  目を開けたら、地獄だったらどうしようかと思ったが、今のところそんな雰囲気は無いらしい。  どうやら、どこかの部屋で寝かせられているようだった。  ベッドがふかふかでも、天蓋もついている。まるでお姫様のベッドだ。他にも豪華ば花瓶、壺、絵画もあり、どう考えても金持ちの部屋だった。  涼子は上半身だけ起き上がり、壁に飾った絵画をよく観てみた。なにか神々しい雰囲気の女性が、蛇やトカゲなどを操っている絵だった。観てると気持ち悪くなってくる。さらに絵をよく見ると「虫愛づる聖女」と日本語で小さく書いてあった。つまり、ここは日本と考えて良いのだろうか。  自分の今の状況は全くわからないが、とりあえず異世界転生なんてしていないようだった。ベッドサイドには小さな手鏡も置いてあったが、どう見ても自分、日本人女性の萩野涼子だった。歳も老けても若返っている様子もない。  という事は異世界転移?  今のこの状況は、兄がよく観ていたアニメの前半部分とよく似ていた。日本語があるのは謎だが、なぜ自分が日本の一般庶民宅から金持ちらしき家にいるか説明がつかない。 「うわ!」  しかも天井には豪華なシャンデリアもあり、白目を剥きそうだ。  おそるおそる窓の外をみたが、広くて綺麗な庭が見えた。豪華なバラの花が美しく、遠くの方にはプールも見えた。アメリカでは庭付きプールなどは珍しくはないが、日本人女性である涼子は再び白目を剥きそうになった。  ここはアメリカなのかと首を捻るが、どうもそんな雰囲気もない。部屋の絵画には日本語が書いてあった。  改めて自分の姿を見たが、肌触りのいい夏用のパジャマを着ていた。そういえば、この部屋は妙に暑い。庭のプールも案外実用的なものかもしれないと思った。  そんな時、部屋の扉が開いて誰かやってきた。メイド服姿の若い女性だった。顔つきはアメリカ人のように凸凹のあるものだった。英語の教師以外ではアメリカ人など見た事ない涼子だったので、目鼻の大きさや顎がしっかりした感じに驚く。それに黒いメイドのドレスもコスプレ感がなく、よく似合っていた。 「ハイ! あなた、目が覚めたら?」 「は? 日本語?」  メイドの女性は日本語ペラペラだった。しかし、態度や顔つきは西洋風で、涼子の頭の中には大量の「?」マークが飛び交っていた。 「あなた、この村の森で倒れていたのよ。ご主人と奥様が見つけて、ここに運んできたってわけ。具合悪いところがない?」 「え、ええ。ダイジョウブデス」  メイドのフレンドリーな態度に、涼子は思わず笑ってしまった。なぜかカタコトっぽい日本語が漏れたが、問題なく通じていた。 「私の名前はアシュリーよ。このボード家の屋敷でメイドの仕事をしていて、あなたのお世話係ってわけね? オッケー?」 「はじめまして、アシュリー」  アシュリーは、暗めのブラウンヘアと瞳だったが、そばかすが浮いた肌が可愛らしく、素朴な印象だった。彼女のルックスを見ていると、だんだんと冷静さを取り戻してきた。何より日本語が通じるのがありがたい。どうやら日本とは違う世界、おそらく異世界のような場所に転移してしまったようだが、壊滅的に生きていくのが難アリの場所では無さそうだった。  ベッドサイドにも小さな灯りや目覚まし時計もある。文化レベルは低くは無さそうだ。目覚まし時計はデジタルだし、平成初期ぐらいの文化レベルはありそうだ。少なくとも電気が通らない未開の地では無さそうだ。アシュリーはメイクをしているようだが、特に古めかしいメイクでもなく、元いた世界でも通じそうな感じだった。 「私は萩野涼子。涼子って呼んでね」 「オッケー、涼子ね!」  私達は強く握手を組み交わしていた。なぜか握手をすると、ちょっと仲良くなった気分もする。政治家やアイドルが握手する理由がちょっとわかってきた。 「涼子、あなた何処から来たの? このイルミナッティ王国の人では無いようね」 「イルミナッティ王国?」 「ええ。ここはイルミナッティ王国の南にあるクリケット村ってところ。聞いた事ある?」  涼子は首をふった。地理や歴史は得意ではないが、元いた世界でそんな国名は習った事がない。ただ、クリケットはどこかで聞いた事あるような英単語だったが、全く思い出せない。 「実は私……」  信じてくれない可能性もあったが、アシュリーに事情を全部説明していた。まさか、この田舎娘らしいアシュリーが悪者に見えないし、今助けを求められるのは、アシュリーしかいない。 「それは、本当に異世界転移ってヤツかもしれない」 「は? クリケット村にもそういう概念があるの?」 「うーん、歴史ではこっちの国って一回滅んでいるのよね。で、生き残った魔術師たちがあなたの世界から人間を転移させて無理矢理文明を維持したっていう経緯があるの。向こうの英国人? アメリカ人? 中国人? 日本人っていうのも知ってるわ。言葉も元あった公用語と日本語がよく似ていたから、日本語が根付いたとか」 「そ、そうなんだ」  魔術師とかは召喚とかはファンタジーすぎる言葉だが、アシュリーの説明は一応辻褄があっている。 「まだ魔術師とかいるの? だとしたら私って召喚されたのかな?」 「うーん、それはわからないわね。ただ、一説によると、こちらの世界とあちらの世界は、磁場が歪むと、境界線が薄くなるらしい。昨日、地震があったから、その影響かな?」  まだまだ納得はできないがアシュリーの説明は筋が通っていた。 「でも、私、これからどうしたら良いの? 帰れるの?」  メンタルが太く、あだ名は「ゴリラ」の涼子だが、それを思うと泣けてきた。兄の太一なんて別に好きでは無いが、 今は恋しくなってしまう。 「うん、うん。ごめん、残念ながら、帰る方法は私にはわからないのよ。泣かないで、涼子。シャワー浴びて、綺麗な服を着たら絶対気分が上がってくるわ。髪も編んであげるから」 「う、うん……」 「これが着替えと下着よ。香りのいいシャンプーや石鹸もあるから、使ってね」  絶望感しかなかったが、アシュリーに案内されたバスルームは広く、明るかった。シャンプーや石鹸もいい匂いで、身体や顔を洗っていると、少し落ち着いてきた。  風呂上がりは、アシュリーとは別にメイドにマッサージもしてもらい、腕や足、背中の筋肉も褒められてしまった。  その上、綺麗なワンピースも借り、髪もアシュリーに編んでもらった。靴も可愛らしいサンダルを貸してもらい、仕上げに頭にハイビスカスの飾りもつけて貰った。まるでリゾート地にでも来たような気分になり、涼子は自分の身の上をすっかり忘れていた。  むしろ、この異世界って最高ではないかと思う事にした。
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