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第8話 閲覧注意
涼子とアシュリーは、公園から少し離れた商店街に入った。
石畳の道、街頭やアーケードはどう考えても日本の商店街と違った。日本語が公用語のこの土地だが、この商店街に至ってはヨーロッパ風だった。店も書店、美容院、雑貨屋、文房具屋、カフェなどがあり、村とは言えないほど栄えているようだった。
公園から歩いてきたので喉もすっかり乾いていた。この土地は、気温が高いようだった。アシュリーに聞くと、この土地は年中暑いとぼやいていた。
「気温が暑いと育たないの?」
涼子の感覚では逆のようか気がしたが、この異世界の植物は元いた世界の植物と色々違うようだった。
「もしかして野菜ってとれる?」
だんだんと不安になってきた。これからカフェに行くわけだが、野菜は育つのだろうか。
「野菜は輸入頼りだったりするわ。果物は取れるとんだけどね」
「へー。日本と違うね。あれ、医院があるよ。この国って医者はいるの?」
あの聖女に様子からしてこの土地には医者などは無い気がしたが、商店街の一角に医者があった。商店街の雰囲気はオシャレなヨーロッパ風なのに、看板は日本語で何とも言えないダサさが漂う。異世界情緒といえばそうなのだが、多国籍で雑多な雰囲気もある。意外と東京のような雰囲気も感じた。
ただ、日本人のルックスの涼子は珍しいのか、すれ違った村人にチラチラみられていた。この不躾な視線は田舎っぽかった。
「一応医者はあるわね。ま、みんな聖女の方に治療を頼むから、あんまり流行ってはいない」
「へぇ……」
病気なのに医者より聖女の方を頼むなんて、涼子は全く理解できなかった。
「ちなみにあの医者はジョンのお父さんが経営してる」
「えー? 嘘?」
あのジョンと医者が全く結びつかなかった。
「ジョンも一応医者の資格はもっているらしい」
「信じられない!」
「まあ、親と不仲っぽい。だからジョンは森で暮らししてる」
「ジョンは奥さんはいるの? というか、この国って結婚制度とかある?」
なんとなく結婚制度があるか気になった。アシュリーは、ジョンの奥さんという単語に一瞬肩をピクっとさせていたのも気になったが。
「一応あるわよ。この国は15歳が成人で、この歳で結婚できるのね。適齢期は25歳ぐらい。私も結婚しろって言われてうざいよー」
「へぇ」
「まあ、ジョンは奥さんいないわよ。あーんな変な男なんて誰が好きになる?」
「確かに、無理ー」
「だよね!」
女二人で失礼極まりない事を言いながら、商店街のすみにあるカフェに向かった。赤い屋根の可愛らしい雰囲気のカフェだった。看板には「insect cafe」と英語で書いてあった。この商店街の雰囲気では日本語よりも英語の方があっている気がした。看板のロゴもオシャレで、入り口の前には黒板状の看板も置いてあり、オシャレな雰囲気だ。
insectという英単語はどこかで見た事があるが、どういう意味か思い出せなかった。確か中学生の時、英語のテキストに載っていたような英単語だったが、意味が思い出せない。こんな風に異世界転移するのなら、英単語も勉強しておけばよかったと後悔してきた。もしかしてinnocentの誤植だったりして。
innocentは最近英語のテキストに載っていたから、覚えていた。innocentは純粋とかいう意味だったので、純粋なカフェと言いたいのかもしれない。この土地は非科学的な聖女が持ち上げられているぐらいだし、カフェの看板を誤植していたとおかしくはない。
「あぁ、喉かわいたよ。行こう、涼子。今日は奢ってあげるから」
「ありがとう!」
二人はカフェに入店した。冷房がきいていいるのか、店内は涼しかった。
テーブルが4つ、カウンター席が5つほどある小さなカフェだった。テーブルやカウンタ席の上には花が飾られ、壁にはオシャレなポストカードやイラストが飾られていた。椅子はフカフカなソファで、居心地が良さそうだ。
他に客はいないようだったが、30代過ぎぐらいの女性が一人で経営しているらしい。アシュリーとも知り合いのようで、ルースという名前だった。大柄で少し気の強そうなルックスだが、客商売らしい爽やかな笑顔を見せていた。涼子も自己紹介をして名前を伝えた。
こうして涼子とアシュリーがテーブル席につき、メニューブックを開いた。メニューブックは、写真は全くなく文字ばかりだった。食品サンプルのようなものもなく、聞いた事も見た事もない料理の名前が並んでいる。
「あのルースって最近車と宝石を買ったらしいよ」
メニューブックを見ながら首を傾げている涼子をよそ目に、アシュリーは噂話をぶっ込んできた。小声で話しているわけだが、その目はちょっと嫌らしい。いかにも田舎娘らしい下品さが目にこもっていた。
「カフェ店長で車や宝石って買えるものなの?」
とはいえ、涼子だって別に上品なセレブでもない。ついつい噂話にのってしまった。
「あの聖女、レベッカのお気に入りの店っていう噂よ。だから、特別にドラゴンライト教からボーナスが出たとか」
「へぇー」
「でもあの聖女って色々悪い噂もあってね、病気治してるのも自作自演といういう噂」
呑気そうな異世界だったが、妙にドロドロした雰囲気を感じた。特に聖女レベッカやドラゴンライトという宗教がに妙に胡散臭い。
「ご注文は? 今日は私のおすすめセットにしてみない?」
そこにルースがやってきて、涼子達はサクッと噂話を中断した。やはり女子ってこういう二面性はあると涼子は思う。ふと、元いた世界でクラスメイトの男子達と筋肉の話題で盛り上がっている事を思い出し、懐かしくなってきた。
「ルース、それでお願い。涼子もいいよね?」
「え、うん」
注文はルースのオススメメニューに決まった。まず冷たいジュースを持ってきてくれた。ボード家のお屋敷で飲んだジュースとは色が違った。澄んだオレンジ色のジュースだった。
「このジュースは?」
「たぶん柑橘類のジュースね。これは大丈夫だと思う」
「これはってどういう事?」
「乾杯!」
アシュリーは私の疑問には答えず、ジュースのグラスを鳴らした。ジュースを美味しそうに飲んでいるので、涼子もつられて口に含む。確かにオレンジと大差ない味で美味しかったが。
「うちの親も農家やってたのよね」
アシュリーはジュースを飲み干すとしみじみとつぶやいた。
「でもこの国では果実は豊富にとれるし、有り余ってる。国の保障も無くなって、あっという間に廃業よ。本当は農家を継ぎたかったんだけどなー」
「そっか。でもアシュリーは、私の世話をしてくれて嬉しいよ。アシュリーがいなかったら、こんな綺麗な服や髪型にできなかったもの。きっと、メイドが天職なのよ」
「そんな事言われると照れるじゃん!」
アシュリーは顔を真っ赤にして照れていたが、目を潤ませていた。このテーブルだけ温かみが溢れた雰囲気に満ちていた。確かにどことなく変な異世界のようだが、夢を奪われたアシュリーを思うと同情せずにいられない。
というか、自分は帰れるの?
なんか良い雰囲気に誤魔化されそうになるが、その不安はいつも胸につきまとっていた。あだ名は「ゴリラ」で滅多な事では動じず、メンタルも太い涼子だったが、この先を思うと、不安が全く無いわけでもない。
そんな時こそ美味しい料理が必要ではないか。クラスメイトに悪口を言われたり、テストに点が思うように取ればかった時、バイトの面接に落ちた時いつも美味しい料理に助けられていた。
確かに料理が何かしてくれる訳では無いが、丁寧に食材を準備し、調理をし、兄と一緒に食事をとると元気が出てきた。小学校の時の食育の時間に「生きる事は食べる事」と習った。確かにそうかもしれない。栄養だけ摂るのだったら、プロテインやカロリーメイトのようなもので十分だ。料理をし食べる事は生命を回復させる何かががある気がする。最初は筋肉をつける為に料理をしていた訳だが、全くそれだけが動機では無い気がしていた。
そんな事を考えていると、厨房の方からいい匂いが漂ってきた。チーズやパン生地が焼ける匂いだ。これは、ピザの匂いではないか。料理の素晴らしさを考えている時にピザとはグッドタイミングすぎる。
果たしてピザが嫌いな人はいるだろうか。チーズが苦手な人は仕方がないが、人類が生み出した素晴らしい料理の一つだ。一説には一番太る料理らしいが、あんなシンプルな食材だけで食欲を崩壊させる魔力の塊だった。
「わお、ルースのオススメってピザみたいね。でも、まあ、あんまり期待はできないけど」
なぜかアシュリーは、ちょっと苦い顔をしていたが、涼子の口に中は涎でいっぱいになっていた。
サクサクなピザ生地、甘酸っぱいピザソース、トロトロのチーズ。理性を惑わせるチーズの匂いを想像するだけで、涼子も頭の中には大量のお花が咲き乱れていた。この先帰れるかなんて考えるのはやめた。今はピザだ。何よりピザが大切だ。涼子の口の中はもうピザ一色になってしまっていた。
「お待たせしました! 今日はゴキブリのピザです!」
ルースは焼きたてのピザが乗った大皿をテーブルを置いた。
「いやああああああああああ!」
涼子は思わず絶叫していた。
ピザはピザでもトッピングがおかしかった。あの、あのゴキブリがピザの表面に浮いている!
ブラックオリーブと見間違えたのかと思ったが、触覚が確実にあった。ゴキブリホイホイではなく、チーズやピザソースに埋もれていた。
何より驚くのは、アシュリーがこのピザを普通に食べている事だった。笑顔ではなく、もう諦めている表情だ。
「まあ、一応餌はいいもので、無菌室で育てているみたいだから、食べてみなよ?」
「いや、だって虫が! 虫が! いやあああああああ!」
涙目で否定するが、ルースはアリのサラダというのを持ってきた。確かにシャキシャキしたレタスの上には、ぶつぶつとしたアリが浮いている。最後にコオロギのフリッターというのも持ってきて、涼子の頭の花は全て枯れた。むしろ荊が生え始めている。全身に鳥肌がたち、カタカタと震えていた。
「うちは、insect cafe。日本語にすとると、昆虫カフェ。この村は昆虫が主食なのよ。ちなみにピザのチーズもゴキブリ ミルクと蛆虫パウダーから作ったもの」
ルースは笑顔で料理について説明していたが、涼子の限界を超えていた。虫唾が走るという言葉が生温いぐらいに気持ちが悪い。
「いやああああああ!」
そう絶叫しながらカフェから脱走していた。アシュリーやルースも追いかけてくるが、普段から鍛えている涼子には誰も追いついてこなかった。
拝啓、天国にいるパパとママ。
この異世界の料理は、人間の食べ物ではなかったみたいです。これからどうすれば良いんでしょうか。
insectとinnocentの違いがわからなかった馬鹿な涼子より。
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