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第9話 とにかく前を見よう
昆虫食なんてありえない! 絶対有り得ない! 虫なんて絶対食べません!
そう叫びそうになるのを必死に堪えながら、涼子は必死に走っていた。普段鍛えているおかげで、走るのは全く苦にならなかった。生理的嫌悪感を示す言葉として「虫が好かない」という言葉があるが、今は好かないレベルの話ではなかった。「虫なんて絶対無理!」と大声で叫びたい。嫌悪感ももちろん、皮膚には鳥肌がたち、涼子の顔は真っ青に染まっていた。
そういえば兄・太一が好んでいた異世界もののアニメやライトノベルでは、不味い料理が出てくるシーンがあった。そこで元日本人の主人公がまともな料理を作り、異世界人達の胃袋を掴むという描写はよく見た。異世界=メシマズという認識もあったはずだが、ここまで恐ろしい料理はアニメやライトノベルの世界でも見た事がない。
走りながら、いつに間にか森の中に入ったようだ。
とりあえずアシュリーやルースが追いかけてくる気配はなく、その場にしゃがみこんだ。日差しや温度が高いこの土地では、森の中の涼しさが心地よい。どうにか息を整え、気持ちも落ち着かせた。
「もしかして私って異世界のメシマズ料理を改革する為にここに呼ばれたとか?」
そんな考えも頭をよぎるが、あのアシュリーやルースの様子だと、昆虫食を普通に受け入れているようだった。昆虫が主食だとも言っていた。
もしかしたら虫しか取れない土地かもしれない。こんな状況でまともな料理を作れそうにない。肉や魚や調味料がある気がしない。いくら料理好きでも、これにはお手上げではないか。この異世界、相当頭おかしい。アニメやライトノベルの異世界メシマズご飯は、油がギトギトとか塩分が多いとか、味付けに問題があるものが多かった。食材からしてアレなのは、クレイジーだ。
元いた世界、日本でも昆虫食がテレビで取り上げられていた事も思い出す。どうもこの異世界は、現実の日本と被る部分もある。そもそも日本語を使っているし、何かあちらと相互関係もあるのかもしれない。
涼子は日本での昆虫食を必死に思い出し、地面に書いていた。枝の切れ端をペンがわりにし、地面を削っていく。
・昆虫食はタンパク質豊富で栄養素が高い。
・育てるのに牛や鶏よりコスパがいい。
・餌が良ければ味もいい。その辺の汚い虫は食べてはダメ
・環境保護の観点が見直され、大企業も昆虫食を推し進めていた。実際、地球温暖化していると学校の授業で習った。
・将来、人口が増えて食糧危機もありうる。その時は昆虫食がピッタリらしい。
・粉末状のものも販売されていた。
・なぜか美人な芸能人が昆虫食を推している。
・コオロギがコスパが良いらしいが、ゴキブリ や蛆虫、芋虫、セミなども食材になる。
・ただ、エビやカニとも近い栄養素なので、エネルギーがある人は気をつけた方はいい。妊婦も食べない方が好ましい。
ここまで書き出してどっと疲れてきた。地面には小さなアリがよちよち一生懸命歩いていた。アリはどちらといえば見ている方が楽しい。こんな一生懸命生きてる小さな虫を食べるという視点は全く持てない。お腹は減っているのに、食欲は全くない。むしろ、胃の中にあるものを吐きたい。
こんな時は少し身体を動かすのに限る。涼子は腹筋や腕立て伏せをしてみた。ワンピースが汚れるし、動きにくいが昆虫食の不快感を消すのには、今は無心で筋トレをしたい。
しばらく筋トレをしていたら、少し気分も落ち着いてきた。
一つ疑問はある。日本での昆虫食は推し進めるのに理由はあったが、この土地では何で食べられているのだろう。
・そういう食文化
・日本と同じように環境問題→確かにこの土地も暑い。温暖化の可能性がある。
・栄養素で好まれている(味や見た目が好きっていうのはあり得ないよね? ね?)
ふと、聖女レベッカの顔が頭に浮かんだ。ドラゴンライト教が昆虫食を推し進めているとしたら、意外と納得してしまった。虫を食べたら徳が積まてご利益があるという教義があるのなら、すんなりと納得できる。いくら食文化として昆虫食があったとしても、おやつやおつまみ等のポジションだろう。主食となっているのなら、よっぽどの強い動機で虫を食べているという事になる。裏に宗教があるとすれば色々納得する。元いた世界のベジタリアンもどこか宗教っぽかった。
「っていうか、虫なんか食べたくないわー。あのジュースは飲めるけど、タンパク質や脂質は取れないよね……」
つまり、まともな食材を探さなければならないようだった。
アシュリーの顔が浮かぶが、ゴキブリピザを普通に食べている姿が強烈すぎて、気が遠くなってくる。アシュリーには悪い気持ちもあった。できれば謝りたいが、どうしても頭に虫がちらつく。もしかしたらアシュリーは精神疾患で異食関連の病気かもしれない。幼稚園の時にクレヨンや鉛筆を食べてしまう子がいた事も思い出す。
そう思うとアシュリーが気の毒で涙が出てくるが、虫だけは食べたくない。
「よし! まともな食材を探してみよう」
涼子は立ち上がり、森の中に何か食材がないか探す事にした。川があれば魚を釣れるかもしれない。
このまま泣いて暮らすわけにはいかない。とにかく前を見ないと!
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