第1章

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 この店のコンセプト。それは「自分だけの猫作ります」だ。客は、この店にある、ナツメが厳選した素材で作る、文字通りこの世にたった一つしかない自分だけの猫をオーダーする。ナツメは客と、まるでカウンセリングでもするかのように一対一で真剣に注文を取る。でも客は、猫の色も柄も形も何も選べない。猫のデザインは客のイメージに合わせて、ナツメがすべて行うからだ。そして、何より困ったことに、ナツメはこの特注猫を、言い値で売ると言い出したのだ。そのあり得ない申し出に明人は我が耳を疑った。  ナツメは九歳から十二歳まで、明人の祖母と一緒にフランスで暮らしていた。理由は小学校時代のいじめが原因だということを、明人は後から知り、ひどく胸が苦しくなったのを覚えている。  思い切って環境を変えた方が良いと判断したのは、明人の祖母だった。明人の祖母は日本で仕立屋をしていた後、フランスに移住して、そこで余生を送っていた。フランスでもたまに要望があれば仕立屋の仕事をしていたらしいが、フランスに移住してからの殆どは、孫であるナツメの面倒をみていたらしい。  その間、ナツメが明人の祖母からどんな影響を受けたのかは知らないが、ナツメの帰国後、明人は、ナツメの手先が異様に器用なことだけは強く理解した。  帰国後のナツメは、いじめによる心の傷を克服できたからなのか、それとも、それを忘れるためなのか、暇さえあれば指先を動かして、思いのまま気の向くまま、あらゆる表現方法でたくさんの「物」を作り始めた。粘土細工や、折り紙や、手芸。それらによって作られた物たちは、ナツメの手にかかると、まるで命を宿したかのように生き生きとそこに存在した。特にナツメは手芸が得意だった。花や動物などを可愛くデフォルメして作った物には特別な輝きがあった。  明人はナツメを、年の離れた初めての女の従妹ということで、異常なまでに溺愛している。明人は、ナツメのその常軌を逸した創作意欲を、少々不気味に思いながらも、良き理解者として温かく見守ってきた。それは、ナツメが作る「物」とその才能に、心の奥で強く惹かれていたからに他ならない。
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