撫子

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嫌いだった春の訪れを、今か今かと待った。 春になればスミレに会える、あの子があの場所で私を待っている。そんな確信めいた気持ちがあった。 スミレの描いた地図を頼りに、河川敷のマラソンコースを歩く。 公園が近づくに連れて鼓動が大きくなり、足がすくみそうになる自分を必死に鼓舞した。 満開には少し早い桜の木が目に映った時、それを取り巻く光景に目を奪われ、さっきまでの緊張も忘れ夢中で走った。 桜の木を囲むように、紫色のスミレの花が咲いている。 「あの……この花って前から咲いてましたか?」 「なかったねぇ。痛ましい事件があったから役所の人が植えたのかもしれないねぇ。あらあら、どうしたの?」 通りがかったおばあさんに衝動的に尋ねている内に、涙が零れて止まらなくなった。 「すみません」 「いえいえ、いいのよ。ゆっくりしていってねぇ」 おばあさんは優しくそう言うと、悟ったように頷いた。 幸いお花見をしている人もいない。スミレの花を踏まないように桜の木の下まで行き、そっと見上げても私には何も見えない。 「ねぇ、スミレ。やっぱり私も桜より梅の方が好きかもしれない」 ――ひどーい! 何で今そんな事、言うかなぁ。 優しい風にスミレの花が揺れ、懐かしい笑い声が聞こえたような気がした。 「花が咲いている間、霞さんは自由になれるんでしょ?今、スミレは一緒にいられるの?幸せなの?」 大丈夫だと答えるように、フワリと舞い落ちてきた桜の花びらを手のひらで受け止める。 「そう?心配だなぁ。まぁ、桜は好きじゃなくても、また会いに来るよ。私、花粉症だから本当はキツイんだけどなぁ」 涙を誤魔化すように言う。 ――だってスミレの心を奪ったまま、連れていってしまったじゃない。 その言葉を口に出すのは止めておいた。 スミレの弾けるような笑顔が、見えた気がした。
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