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桜か梅か
――私、桜より梅の方が好き。
スミレは毎年、冬になるとそのセリフを口にした。
春の気配が微塵も感じられない、冷たい風を浴びている最中でも、スミレがそう言って笑うと温かい気持ちになった。
「出た!スミレ、毎年それ言ってるの気づいてる?」
「当たり前でしょ。今年こそ同意してくれると期待して言ってるの」
「えー。悪いけど、どっちか選ぶなら桜かな。梅ってお年寄りのイメージなんだもん」
隣で歩くスミレの顔を見ずに言うと、息を呑む音が耳に届いた。
「全然わかってない!春を連れて来るのは梅なのに、桜ばっかりチヤホヤされちゃってさ」
「どの立場で怒ってるのよ。そんな事ないでしょ。テレビで梅園のニュース見た事あるけど、賑わってたし」
「どうせ、お年寄りが多かったって言うんでしょ」
「それはそう。よくわかったね」
「何それ。おばあちゃんになってから梅園に行きたいって言っても、一緒に行ってあげないからね」
そう言って笑うスミレに、おばあちゃんになっても友達だよ、と言われているようで何だかくすぐったい。
「別に困らないよ。私、花粉症だし春は必要以上に外に出たくないの」
「つれない女だなぁ、撫子は。共に花の名前を持つ者同士じゃないの」
「ソレは関係無いでしょ」
毎年恒例ともいえるこのくだらない小競り合いをする度に、初めてスミレと話した時の事を思い出す。
コンプレックスだった私の名前を、手放しで褒めてくれたのはスミレが初めてだった。
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