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「撫子って名前、花から付けられたの?」
そう聞かれたのは、中学校の入学初日だった。
自己紹介の機会があると大抵笑われる。見た目と両親が付けてくれた名前が合わないのは自覚しているけれど、どうしようもない。
大きな目をパチパチさせているこの子も、似合わないと言いたいんだろう。
だから春は嫌いだ。
「そうだけど何?私、この名前嫌いなの」
「そうなの?すごく素敵なのに」
ぶっきらぼうに言うと、女の子は大きな目をもっと大きくして驚いた。
「似合わないし、変だから」
「変じゃないよ。あ、私、今野スミレって言います。私も花の名前だから親近感湧いちゃった。よろしくね、撫子ちゃん」
嫌だと言っているのに、名前を馴れ馴れしく呼んでくるスミレの事が最初は苦手だった。
小さい頃から二つ上の兄にくっついて外で遊び回っていた私は、元々地黒の肌をいつも日焼けで真っ黒にしていて男の子のようだった。
昔はそれが当たり前だったし、変わった名前も嫌いじゃなかった。
――大和撫子っておしとやかな人のことなんだって。撫子ちゃんは全然違うね、変なの。
誰かの何気ない一言に深く傷つくまでは。
私は変なんだ。色も白くならないと、髪の毛も伸ばさないと。彫りが深いのは仕方ないなら、せめて静かにしなきゃ。外で遊ばないで、部屋で本を読んだりピアノを弾いたりする女の子にならないといけない。
友達に意地悪をされたわけじゃなかったけれど、一度生まれたコンプレックスは消えなかった。
両親に、環境を変えて視野を広げた方が良いと勧められ、中学受験をした。
その言葉を信じて胸に抱いていた希望も、自己紹介のザワつきで萎んでしまった。新しい環境は、名前と見た目が似合っていないと好奇の目で見る人を、増やしてしまっただけかもしれない。そう思って怖くなった。
少しでも目立たなく、大人しくいたい。
そんな私の憂いなんてお構いなしに、スミレは毎日、私の名前を呼び続けた。
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