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大学二年生になった春。
河川敷の公園にポツンと佇む桜の木の下で、スミレは見つかった。
前日には満開だったという桜の花びらが、スミレの死を悲しむように全て零れ落ち、優しく包み込んでいるようだったと聞いた。
「最後に今野さんに会ったのはいつですか?」
「一月の初めです。冬休みで帰ってきたスミレが向こうに戻る前日が……最後です」
「冬休みは、その日以外にも会いましたか?」
「はい。こっちにいる間、ほぼ一緒にいました」
「そうですか。今野さんに何か変わった様子はありませんでしたか?」
そんな事、鈴木というこの刑事に聞かれるまでもなく、繰り返し考えていた。
ご飯を食べに行ったりカラオケに行ったり、デパートに買い物にも行った。
年越しも一緒で初詣にも行った。
沢山の時間を過ごしたけれど、一つだけ足りない事があったと気づいたのは、冬休みが終わってからだった。
だけど、それをこの人に話したところで、どんなリアクションをされるか目に見えている。
「どう?なんでも良い。どんな小さなことでも良いのよ」
萎縮していると思われたのか、鈴木さんが砕けた優しい口調で促してきた。
「本当に何でも良いんですか?」
「えぇ、勿論」
「じゃあ、えっと……スミレは毎年必ず言う言葉があるんですけど、それを言いませんでした。言うタイミングあったはずなのに」
「必ず言う言葉?」
「はい。桜より梅が好きだって」
鈴木さんは無駄な事を聞いたと言いたげに、一瞬、眉をしかめた。
「それは、言い忘れてしまう位、彼女は何かに悩んでいたという事かしら?トラブルに巻き込まれていたとか?」
「いえ、悩んでいたというか……スミレは恋をしていただけだと思います」
「恋?その相手は誰か聞いています?」
手帳を構えた鈴木さんの目の奥が鋭く光る。今度こそバカにするなと怒られないか、手が震えそうになった。
「桜の精霊、だそうです」
「それはニックネームか何か?どこで知り合ったのかどんな相手か聞いている?写真は見たことがありますか?」
「桜」というキーワードのせいで鈴木さんが前のめりになり、言わなければ良かったと後悔した。
「すみません。どんな人か、見た事なくて。本当に私も詳しく知らないです」
「そう。こちらでも調べてみます。ちなみに、あなたは今野さんが亡くなった日、どこで何をしていたかしら?」
「大学の授業が終わった後、バイトをして家に帰りました」
「そう、わかりました。ありがとう」
鈴木さんの視線を背後に感じながら、嬉しそうに話していたスミレの顔を思い出した。誰かに話したところで信じてもらえない、あの不思議な話しも。
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