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「霞さんは、ずっとここにいるの?他の景色を見た事はないの?」
「いいや。この木に花が咲いている間だけは、自由に好きな所へ行けるんだ」
「そうなの?沢山の人がこの木を見上げる時にだけ自由になれるなんて、不思議ね」
「だからだよ。人は花が咲くとこの木を愛でるけれど、他の季節は見向きもしない。どの季節も私達は同じようにここにいるのに」
「そうね……ごめんなさい」
「それが共に生きる術だから、良いんだ」
いるのにいない存在とされる辛さ、悲しさ。都合の良い時だけ近寄ってくる相手を拒めない弱さ。
昔の自分の姿を重ね、涙が溢れて止まらなくなった私を、霞さんはそよ風のように優しく包んでくれた。
会いに行く度に、近づいてもどうしようも無い距離が縮まっていくのを感じた。
私達は色々な話をした。
撫子との思い出、大学での過ごし方や、バイト先での出来事も話した。
花が咲いたら、スミレの姿を見に行こうかなと言われた時は嬉しかった。
実は桜より梅を贔屓していると打ち明けた時は、少し拗ねた霞さんが可愛かった。
霞さんがこの木に集まる鳥や、公園に来る親子の話をしてくれると、心が穏やかになった。
でも、たった一つ。
一番大切な想いだけ、霞さんは相手にしてくれない。
このもどかしい気持ちを、どうしても親友に話したくなった。
撫子は出会った時からずっと、私の話しをちゃんと聞いて受け入れてくれる。信じてもらえる喜びを、初めて教えてくれた友達だ。
撫子なら、霞さんの事も信じてくれると思って話した。
私の過剰な期待に気づいた優しい彼女は、否定もしなかったし笑いもしなかった。望んでいたリアクションとは違ったけど、理解しようと一生懸命考えてくれているのが伝わってきて嬉しかった。
――あまり深入りしない方が良いんじゃない?
絞りだすように言ってくれた撫子を困らせたくなかったから、それ以上は何も言えなかった。
だけど、本当は聞いてもらいたかった。
霞さんは、どんなに私の気持ちを伝えても、この恋心を受け止めてはくれないんだよ。優しく淋しそうにはぐらかされるんだよ。
そんな恋の相談をしてみたかった。
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