撫子

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撫子

スミレが嘘をついているとは思わなかった。 だけど、あの荒唐無稽な話の奥に本当に伝えたい事が潜んでいると思った私は、それを読み解こうと必死だった。 もっと真正面から信じてあげれば良かった。 スミレの住んでいる街まで遊びに行って、精霊がいるという木を紹介してもらっていたら、きっと現在(いま)は違ったはずだ。 あのセリフが出てこない位、スミレの心が閉じてしまう事はなかったはずだ。 毎日、自分を責めた。 犯人として逮捕されたのは、スミレのバイト先の本屋によく来ていたという男だった。その見知らぬ男が、スミレに一方的な好意を伝える為に命を奪ったと聞かされても、少しも理解できなかった。  スミレの心に住みついた事もない人が、どうして彼女の命を終わらせられるのか、わかるわけがなかった。 「これ、あの子の部屋にあったものなの。渡しそびれてゴメンね」 季節は嫌でも変わる。 スミレのお母さんが、煩く鳴く蝉の声に負けそうになりながらくれたのは、手書きの地図だった。 懐かしい文字と上手とは言えないイラストに、鼻の奥がツンとする。 スミレが住んでいたアパート、通っていた大学。バイト先とその近くにある美味しかったラーメン屋さん、海外みたいとはしゃいだお洒落なカフェ。 一度だけ遊びに行ったスミレが一人で暮らしていた街の様子が、目に浮かんだ。 「これのせいで撫子ちゃんの所にまで警察が行ったんだと思うの、ごめんね」 街から離れた場所に、丁寧に書かれた桜の木。 丸で囲まれたその木の傍らに「撫子!」と大きい文字が添えられていた。 「あの子、襲われた場所からこの木の下まで、フラフラになりながら歩いたらしいの。わざわざ撫子ちゃんと行こうとしたくらいだから、何か思い入れがあったのかしら……。何か知らない?」 気づくと、口が必死に動いて、あの不思議な話をしていた。 私自身の後悔も悲しさも悔しさも、ごちゃまぜになって必死に伝えた。 「じゃあ……あの子の最期は、悲しいだけじゃなかったのかもしれないわね」 「そう……なんでしょうか」 「そう思いたいというのが本音かな。後ね、撫子ちゃんは一つ誤解してる」 「誤解?」 「うん。スミレよく言っていたわ。撫子ちゃんが自分を信じてくれるのが嬉しい。でも、信じよう理解しようって考えてくれる優しさがもっと嬉しいって。あなたに心を閉ざしてなんかいないわよ。きっと何か企んでいたんでしょう」 スミレのお母さんはそう言って、スミレの描いた桜の木を愛おしそうに指でなぞった。
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