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2,友人と花見
川沿いの桜の並木を眺めながらゆっくり進む人々の列に入って、朋也と友人の村上は花見を楽しんでいた。
休日で好天ということもあって、桜の咲く各地は花見客でにぎわっていた。
桜の名所のM川より川幅があるので、両岸の枝がつながって花のアーチを作るということはないが、近所のこの川沿いの桜は人出が抑えられている分、景観をのんびり堪能できた。
「淵野辺の家族、山の畑にお花見に行ってるんだろ。行かなくていいのか」
「うん。うちの桜は見飽きた」
と朋也はあっさり言い切った。
「お前のお父さんが世話してるんだろ、すごいな」
朋也の脳裏に、満開の桜を背景にした父の得意顔が浮かんだ。彼は心の中で、ふっと父の面影を吹き消した。
「桜守だって自称してるよ」
と朋也は皮肉ぽく言った。
「桜守? 灯台守みたいな?」
「そう。桜の世話したり育てたりする植木職人。うちの親父は植木職人じゃないんだけどさ」
「桜は花が咲くときれいだけど、世話が結構たいへんらしいな。俺の家はマンションだけど、一戸建てで庭に桜の木が1本ある奴が言ってた。
秋には落ち葉がごっそりで掃除が手間だし、隣の敷地まで伸びた枝や病気になった枝を剪定するんで植木屋に頼まないといけない。それに葉が生い茂ると、毛虫が大量発生するんだって」
朋也に、あの忌まわしい毛虫の記憶がフラッシュバックした。
「だからさ、桜は自分が所有しないでこうして公共の桜を見物するのが一番だよ」
村上の意見に、朋也は大きくうなずいて同意した。
そうだ、仕事ではなく、趣味で桜の世話をする。人それぞれ様々な趣味があって、それがその人の人生に潤いを与え、他人に迷惑をかけないならそれでいい。
だけど、休みのたびに最優先とばかりに桜の様子を見に行くのはどうなのか。
そんなにしょっ中、世話をする必要があるのか。
桜のことが四六時中気にかかっているのではないか。
それはもはや、異常の範疇ではないだろうか。
朋也はこれらの疑問を、目の前の桜に挑むように投げかけたが、桜はたわわな花をつけた枝を揺らして、衣の袖を振るようにして朋也の問いかけをやんわりと振り払った。
「おい、淵野辺……、朋也!」
村上の呼びかけで、朋也は桜との押し問答から我に返った。
「どうしたんだよ、気分でも悪いのか」
「いやちょっと、寝不足気味かな」
そう言って朋也は、ペットボトルのお茶を一口飲んだ。
桜を前にすると、父のことを思い出して不満が噴出するのだと彼は自覚した。
咲き誇る桜は、文句なく美しい。けれど、桜と朋也の間には父親が割り込んできて。桜を無条件で観賞することを妨げる。
むしろ桜は、朋也の父への疑問や不満を煽り立てる。
「俺、今日はもう帰る」
「そうだな、ゆっくり休めよ」
その夜、朋也の夢の中に、父雅也が出てきた。
朋也と同じ15歳の頃の雅也だった。
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