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3,15歳の雅也
その日は雅也の15歳の誕生日だった。
記念日と称しては、父久次(ひさつぐ)は家族を山の桜畑へ連れて行ったものだが、雅也の出生を記念して植えた桜とあっては、誕生日にそこへ行くのは理にかなっていると言わざるを得なかった。
母房子は体が弱かったので、同行することはあまりなかった。
雅也は内心、母が花を咲かせた桜以外興味がないのではと考えたが、花見の時の母の喜色満面の顔を思い浮かべると、それは邪推だろうという気がした。
「大きくなったなあ」
と父久次は、桜の木を見上げて言った。それは目の前の息子の成長を含めた感慨の言葉のように思えた。
「最初は1メートルぐらいの苗木だったんだ。ここの畑の元の所有者とか数人が手伝ってくれて、植えたんだ。立派に育ってくれと願いながら」
それは、生まれたばかりの息子への想いが撚り合わさった願いに違いなかった。
息子はすくすく成長したが、桜の木の成長は人間の尺度を超えて目を見張るほどで、数年で花を咲かせ、今では見上げるくらいの大きさになっていた。
「雅也、桜が好きか?」
その問いは、これまで何度も口癖のように繰り返されてきた。そのたびに雅也は「うん」と明るく返事をした。
「桜のどんなところが好きなんだ?」
今回はもう少し突っ込んで訊いてきた。
「どんなところって……。きれいだから」
「ああ。それが一番大きな理由だろうが、桜は万人を魅了するその美しさの代償に、病気になりやすかったり害虫がつきやすかったりする。
そんな弱さ、場合によっては醜さを受け入れた上で桜を愛するのが、本物の愛だろうな」
「お父さんみたいにしょっ中桜の面倒をみるのが、本当の桜への愛っていうこと?」
「うん。まあそういうことだ。人間に例えれば、美しい人を愛する時、その美だけでなく病や弱さもひっくるめて愛するのが、真の愛だ。わかるか?」
「結婚式の時、牧師さんが『汝、病める時も、健やかなる時も』って言うよね」
「その通り。お前もいつか結婚する女性とめぐり会うだろうが、プロポーズは桜の木の下でするといい」
「ええー!」
15歳の雅也はクラスに気になる女子はいたが、結婚はまだまだ先の未来の話だった。
しかし彼は一瞬、自分がプロポーズする時、桜の木はどのぐらい大きくなっているのだろうかと想像した。
元気いっぱいに枝を張り、滋養たっぷりな葉を茂らせた桜の木の緑色はそよぐ風に溶け込み、雅也とその父のいる光景を夢の中に保存すべく塗りこめていった。
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