桜、ふくふく

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 植物みたいだ。  (みなもと)勇仁(ゆうじん)の第一印象はそれだった。  大学の写真同好会という地味系とはいえ、若さと暇を持て余す学生たちが集う狭い部室において、彼はひっそりと、だが埋没することなく、一席を占めていた。 「写真、好きなの?」  不意に問いかけられた(かん)は、外見の印象よりも低い声音に自分の血がざわめく心地を覚えた。源の隣に座ったのは、たまたま空席がそこしかなかったからだ。それでも、手を伸ばせば触れる位置にある端整な横顔を盗み見することに集中していた。 「好き……なんですかね? カメラを持つと無心で被写体を追うんですけど……ふと我に返ると虚しさしか残ってないっていうか……」  新入部員の一年生として、当たり障りのない回答を……そう努めたはずなのに、じつにちぐはぐな内容となった。  永遠に思えた数秒の沈黙は、源の小さな嘆息によって事切れた。 「わかる」  短い、それでいて情感のこもった声は、またしても桓の琴線を震わせた。思わず顔を向けると、それを見越していたように彼も同じ行為を返す。深い夜を思わせる濡れた闇色の瞳は切れ長で形がよく、見る者を惹きつけた。 「たとえ被写体が近しい人間でも、撮影中って孤独だよな。写す対象がなんであれ、撮る側のエゴとか孤独や情念が、嫌でも乗り移る気がするんだ」  滑らかな口調は熱くも悲観的でもなく、単調なピアノの旋律のようだった。まじまじと見入る桓の視線を捉えた源の薄い唇が静かに弧を描く。 「そ、そうですね。……って、俺はぜんぜん専門知識はないし、一眼レフすら触ったことないド素人ですけど」 「ここはただの暇人の集まりだから、機材は関係ないよ。カメラに触れたことすらない人もいるし」  桓の動揺には一切構わず、源は淡々と答える。二人の会話に関心を払う者はおらず、たむろする他の部員たちは顔を寄せ合い、スマホの動画を観るのに夢中だった。 「源さんは、人物は撮影しないんですか?」  部室には、それぞれが撮影した写真を掲示している。六畳ほどの狭苦しい部室の壁は各々が適当に貼った「作品」で埋めつくされており、無法地帯そのものだった。ただの集合写真や、猫のドアップ、夜景など、いいも悪いもごちゃ混ぜの中で、源の写真は人柄を表わすように、すぐ見分けがついた。 「僕って、わかりやすいのかな。入部したての藤原(ふじわら)くんにまで見抜かれちゃうとはね」  いえ。否定も肯定もできず、曖昧に呟く。たぶん、俺だけの特技ですよ、先輩。だって、俺は、あなたのことが――。 「想いを持つモノは撮りたくないんだ。その想いとか気持ちとか感情ってヤツが不変なら、いいけど。ちがうでしょ? 揺らいで、迷って、さまよって。人間だからって言えばそれまでだけど。写真に収めてしまうと、後から手にした時に絶望するからさ」  穏やかに、淡々と、源は語った。恐らくは、彼が味わった絶望を織り交ぜながら。  南側に嵌めこまれた小さな窓から、橙色に染まり始めた光が注ぐ。他の部員から話題を振られてにこやかに応じる源から目を逸らし、壁に貼られた彼の作品を眺めた。  まどろむ睡蓮、夕映えに沈む無人の駅、青一色の海原……源が切り取った「永遠」は、静かに無常の時を紡ぎ続ける。
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