第2話 灰色の通りで(1)

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第2話 灰色の通りで(1)

 トンツァイの店を出たふたりは、繁華街をさらに進んだ。昼が近づいてきているためか、来たときよりも、だいぶ賑やかである。特に食べ物を手に歩く人々の姿が多く見受けられた。 「ええと、だ。メイシア。シャオリエというのは……」 「この近くにある娼館のご主人の名前、ですよね」 「キンタンに聞いたのか」 「はい」  ルイフォンを待っている間、キンタンたち少年グループはメイシアのことを根掘り葉掘り聞きたがった。しかし、この場で素性を明かすのは何かまずいような気がしたので、彼女は誤魔化すことにしたのだ。  ――ごめんなさい。余計なことを言ってはいけないと、イーレオ様に言われているので……。  この台詞は効果覿面だった。少年たちは、はっとしたように「ああ、そうだよな」と、頷き合って詮索を諦めた。彼女は自分では気付いていないが、上目遣いに申し訳なさそうに言う、その儚げな仕草も一役買っていた。  代わりに彼らは、ルイフォンのことを面白おかしく話してくれた。本人のいないところで聞いてしまうのは、いけないことのようにも思えたが、彼女が知らない彼の話はとても興味深かった。  その中に、ルイフォンの馴染みの娼館と、そこの女主人の話も出てきた。 「私……これから、そこで働くんですね」  メイシアの声が震える。  急なことなので、心の準備ができているとは言えなかった。しかし、鷹刀一族は彼女の家族の救出に向かって動き出した。ならば自分も約束を果たすべきだと、メイシアはぎゅっと口元を結び、覚悟を見せる。 「は……?」  ルイフォンが間の抜けた声を上げる。しかし、この先の運命に毅然と立ち向かおうとしている彼女には、それも気遣いに聞こえた。 「大丈夫です」  メイシアは『安心してください』と、先程の彼に倣って彼の頭をくしゃりと撫でるべきか否か悩んだ。けれど、それはやめておくことにした。むやみに他人に触れるのは彼女の流儀に反するし、爪先立ちにならないと彼の頭上には届きそうもなかったからだ。その代わりに精一杯の笑顔を作る。 「短い間でしたが、お世話になりました」 「……あ? あああ! 違う、違う!」  慌てたように、ルイフォンが両手を振る。 「いや、いずれ、お前はシャオリエのところで働くのかもしれないけど、少なくとも今は違う! 今回はシャオリエが個人的に俺を呼んでいるんだ。シャオリエは俺の……うーん、なんと言ったらいいんだろう?」  困ったように髪を掻き上げるルイフォン。メイシアにはわけが分からない。 「ええと、な。俺は子供のとき、鷹刀の屋敷とは違うところで母親と暮らしていたんだ」 「はい……?」 「けど、四年前、母が死んだ」  唐突な話にメイシアは息を呑んだ。昨日、ルイフォンからクラッカーだった母親の話を聞いたとき、故人なのではと推測していたが、はっきり告げられるのは、また別だった。 「で、いろいろと落ち着くまで、しばらくシャオリエのところに世話になった。だからシャオリエは俺の……母親代わり? いや、俺の母も母親らしくはなかったけど、シャオリエはもっと『母親』というものから、かけ離れているな……」  ルイフォンは困ったように言い淀む。 「まぁ、ともかく、シャオリエは身内みたいなものだ。いろいろ厄介な奴なんで、俺たちを呼びつけたのも、単なる興味本位だろう」  彼はそう言って、再び溜め息をついた。
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