第4話 鳥籠の在り処(2)

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第4話 鳥籠の在り処(2)

 ナイフから解放されたシャオリエは、ふぅ、と息をついた。もっとも、ちっとも脅えていたようには見えなかったので、それはただのポーズだろう。 「でも、私がメイシアを排除したい気持ちに変わりはないわよ」 「まだ言うのかよ」 「勘違いしないで。私はメイシアを『殺害』したいわけじゃないわ。『排除』よ。鷹刀から出ていって、厳月家の三男と大々的に婚約発表でもしてほしいわ」 「なんだよそれ!?」  ルイフォンが声色に剣呑な響きを載せる。  一方、メイシアは、しばし押し黙って、シャオリエの思考を読み解いた。 「……私が助けを求めた先は鷹刀一族ではなく、厳月家だった、ということにするわけですか?」 「さすが。察しがいいわね」  シャオリエが喜色をあげた。 「そう、お前は、鷹刀とは何の縁もなかったことにするの」  じっとこちらを見据えるシャオリエのアーモンド型の瞳に、メイシアは吸い込まれそうになる。 「一族のために毒杯を飲む勇気があるのなら、一族のために一族を離れる決意だってできるはずよ」  イーレオのために一族を離れたシャオリエの言葉には、抗いがたい力強さが宿り、メイシアの首を縦に振らせようとする。 「シャオリエ! 好き勝手言うな」  ルイフォンが怒声を飛ばした。 「あら、ルイフォンだって、今朝、『メイシアは外に出すべき』と、イーレオに進言したそうじゃない?」 「あれは、メイシアが鷹刀と斑目の抗争に巻き込まれただけの、被害者だと思ったからだ。……って、そんなことまで筒抜けなのか」 「私に隠しごとができると思って?」 「糞っ……! 本当に、やな奴だな」  メイシアは、そんなふたりのやり取りを、どこか遠くから眺めているような気がしていた。視界にうっすらと靄がかかっており、どこか現実味がない。  思えば、今まで生きてきて、自分で決めなければならないことなど、ひとつもなかった気がする。綺麗な箱庭の世界で、良くも悪くも迷うことなく、与えられたものだけで満足をしていた。否、与えられたもの以外の存在に、気づきすらしなかったのだ。  昨日、鷹刀の屋敷の高い外壁を見上げながら、これから自由のない鳥籠に入るのだと思っていた。けれど今、自分は本当に籠の中にいるのだろうか。今までの自分は、本当に籠の外にいたのだろうか。  鳥籠は――どこにあるのだろう。 「おい!」  不意に、ルイフォンの鋭い声がメイシアの思考を破った。 「出ていくことはないぞ。お前の居場所は、鷹刀だ」 「でも、イーレオ様が、私が招く厄介事を背負ってしまいます」 「親父じゃなくて、俺が背負えばいいだろ」  獲物を狙う猫の目が、まっすぐにメイシアを射る。  そして、不敵に笑う。 「――それとも、俺には無理だと言うのか?」 「ルイフォン……」  実家の藤咲家にメイシアの居場所はなかった。常に、どこか継母や異母弟への遠慮があり、自分は異端者にしか思えなかった。  胸が熱い。 「そんな言い方をされたら、私は鷹刀に残りたくなってしまいます」  はらり、と涙がこぼれた。  それを受け止めるかのように、ルイフォンがメイシアの肩を抱き寄せた。 「鷹刀にいればいいだろ。何かあっても、俺がなんとかするから」  彼は、彼女の長い黒髪をそっと撫でる。心配は要らない、安心していい、そんな声が聞こえた気がした。 「メイシア、返事しろ。鷹刀を出ていかないな?」 「……はい」  それを受けて、ルイフォンがシャオリエに向けて、にたり、と笑った。 「と、いうことだ。シャオリエ、残念だったな」 「あらぁ、仕方ないわね。……でも、面白いものを見せてもらったから、いいとしましょう」  シャオリエは満足そうに笑った。 「ひよっ子に何ができるか……。楽しみにしているわ」
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