第4話 鳥籠の在り処(4)

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第4話 鳥籠の在り処(4)

 ルイフォンは勢いよくベッドに転がり、両腕を伸ばした。それから、編まれた髪を背の下から引きずり出して、横に投げ出す。金色の鈴が、音もなく、きらりと煌めいた。 「ふわぁ……」  伸びとも、ため息とも、あくびとも判別できない息が、彼の口から漏れる。  初めは、休息を取る必要などない、と不平を鳴らしていた彼だが、シャオリエがメイシアに見張り兼付き添いを命じたあたりで観念した。部屋まで案内してくれたスーリンが付き添いたいのではないか、とメイシアは疑念を抱いたのであるが、交代を申し出る前に、彼女はエプロンを翻し、退室してしまった。  メイシアはベッドの傍らの丸椅子から、彼の顔を覗き込む。くっきりと隈の表れた目は落ちくぼみ、彼の疲労の程度を如実に語っていた。 「いろいろと、ありがとうございました」 「うん? 俺は別に、お前に礼を言われるようなことは、やってないぜ?」 「そんなこと、ありません!」  思わず、自分でも信じられないような大声が出てしまい、メイシアは恥ずかしくなってうつむいた。 「え、ええと……。寝ないで調べてくださったり、情報屋のトンツァイさんに依頼してくださったり……」 「調査は諜報担当の俺の仕事だぜ?」  矜持を見せるかのようなルイフォン。  けれど、シャオリエは言っていた。彼はイーレオの要求以上の仕事をしている、と。 「――それに、鷹刀にいていいと言ってくださったのが、何よりも嬉しかっ……」  再び、涙が、こぼれ落ちそうになる。  尻窄みに言葉を詰まらせたメイシアに、横になっていたルイフォンが、ひょいと半身を起こした。そして、まっすぐに彼女に向けた目を猫のように細め、不敵に笑った。 「俺がお前にいてほしいと思ったから、鷹刀にいろ、と言っただけだ。お前に感謝される筋合いはない」 「それでも――。私は藤咲の家からは、見捨てられた身で……」  社会制度的なことを言えば、メイシアを藤咲家から追放することができるのは、当主の父だけである。けれど、そういう問題ではないのだ。斑目一族に売ってもいいと継母に思われた、という事実は、彼女からすれば、家族として拒絶された、と同義なのだ。  夫と息子を囚われている継母からすれば、苦渋の選択だったかもしれない。それでもやはり、メイシアは継母のことを信じていたのだ……。 「お前は、難しく考え過ぎだ」  ルイフォンが、メイシアの頭をくしゃりと撫でた。掌の温度と質感が伝わってきて、彼の存在が、彼女の中に刻み込まれていくようだった。 「もっと直感的に生きたほうがいい。お前は鷹刀を気に入っただろ? だったら、鷹刀にいればいい。俺も親父も、お前を気に入っているし、何も問題はない。好きなものは好き。それでいいじゃないか?」  彼の言葉が優しすぎて、切ない。 「……ルイフォン、お願いがあります」 「ん? なんだ?」 「もう、隠し事をしないでください。嘘も、駄目です。私は、あなたの言うことを、なんでも信じてしまいそうですから」 「お前の実家のこと、か」 「はい」 「……黙っていて悪かったな」 「私を気遣ってくださった気持ちは、嬉しかったです」  メイシアは微笑む。泣き出したい心を抑え、精一杯の感謝を込めて。  それは、真紅の大輪の薔薇が花開くような艶やかさではなく、薄紅色の桜がひらひらと舞い散るような儚さだった。  息を呑み、見惚れたようにルイフォンが押し黙る。しばしののち、彼はふっと表情を緩めると、やにわに口角を上げた。 「あぁ、言い忘れてた。膝枕、ありがとな」  そう言われて、メイシアは、はたと気づいた。睡眠薬というのが嘘だったということは――。 「あああ、あの、私の膝の上に倒れこんだのは……」 「もちろん、狙ってのことだ」  ルイフォンはきっぱりと言い切った。 「え? ええええええっと……!?」  メイシアとしては、かなり、いや、とても恥ずかしい行為だったのだ。今思い出しても、顔から火が出そうである。 「どどどどどうして、そんなことを……」 「そりゃ、そうしたかったからだ」 「そそそそそうしたい、って……?」  慌てふためくメイシアを見て、いたずら心が刺激されたのか、ルイフォンが大真面目な顔で彼女にぐっと迫った。 「仕事上がりの男が、女の膝を枕にしない道理があるか?」 「え? あの? そういうものなんですか?」  メイシアは狼狽して、冷静な判断力を完全に失っていた。顔を真っ赤にした彼女の間抜けな質問に、ルイフォンは噴き出すのをこらえながら深々とうなずいた。 「そうなんだ」 「はい、分かりました」 「じゃ、ここに乗ってくれ」  きょとんとするメイシアに向かって、ベッドをぽんぽんと叩いて示す。 「え?」 「俺、今から寝るから、膝枕よろしく」 「え? え、ええええ?」 「お前は、俺の付き添いだろ?」  メイシアに反論の隙を与えず、ルイフォンは強引に押し切る。彼女は何か騙されているような気がしてならなかったのだが、彼のご機嫌な顔を見ると、抗うことができなかった。  膝の上に頭を載せたルイフォンが、目を閉じて、猫が喉を鳴らしているときのような満足気な表情を見せる。ほどなくして、彼は嬉しそうな微笑みを浮かべたまま、規則的な寝息をたて始めた。印象の強い言動のために、起きているときには忘れられがちな端正な顔立ちは、やすらぎに満ちていた。  メイシアは無意識に、彼の髪を梳く。柔らかな癖毛が、滑らかに指の間を抜けていった。  彼の眠りを守ることに不思議な心地よさを感じ、彼女はこの時間が長く続けばよいと願った。
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