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幕間 孤高の〈猫〉
今から思えば、俺の母という人は相当な変り者だったと思う。
いわゆる母親らしいことをしてくれた記憶は、ひとつもない。けれど、それは『してくれなかった』のではなく、『できなかった』だけなのだろう。
彼女は親を知らなかったし、それまで自分が生き延びるだけで精一杯だったのだから。
猫のように気まぐれで、不敵に笑う自信家。そんな彼女が、自分の持つ技術のすべてを俺に注ぎ込んでくれた。そこは、やっぱり親らしかったと言えるのかもしれない。
勿論、懇切丁寧に教えてくれはしなかった。罵詈雑言の連続で、「スクリプト・キディが生意気言ってるんじゃないわよ」とよく鼻で笑われた。
『スクリプト・キディ』――他人の作ったクラッカーツールで攻撃する、程度の低いクラッカー。要するに未熟者ってことだ。当時の俺は、本当に『子供』だったのだけど、彼女は容赦なく毒舌を振るった。
彼女は常に、金色の鈴の付いた革のチョーカーを身に着けていた。
「それ、首輪じゃん」と俺が言うと、「あたしは鷹刀の飼い猫なのよ」と自慢げに笑っていた。
彼女が贈り主をずっと想い続けていたことを、俺はあとになってから知った。
数奇な運命をたどってきた彼女の左足は義足で、ひょこひょことしか歩けなかったけれど、決して恥じることなく、いつだって前を向いて歩いているような人だった。
孤高の〈猫〉。
俺は彼女を敬愛していた。
ある夜、俺は、けたたましい警報音に叩き起こされた。
ベッドを飛び出し、階下に行くと、錆びた鉄のような匂いがあたりに充満していた。
警護の男たちが殺されていた。
胸騒ぎがして、地下に降りると、母が顔を隠した侵入者に囲まれていた。
何かを言い争っているけれど、聞き取れない。
侵入者の一人が刀を振りあげた。
足の悪い母が、逃げることなどできるわけがない。
ぎらりと、白刃が煌めく。
子供のように細く華奢な、母の首筋へと影が落ちる。
母は――挑発するような目で、嗤った。
同時に、逃げなさい、という彼女の強い思念が伝わってきた。
革のチョーカーが斬れ、金の鈴が飛ぶ。
電灯の光を金色に反射しながら、放物線を描く。
侵入者が、母だったものを運び去る。
主を失い、残された金色の鈴が、寂しげに転がっていた――。
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