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第1話 猫の世界と妙なる小鳥(7)
ふたりが飲み終わったあたりで、待ちかねていたようなキンタンから声がかかった。
「おい、ルイフォン! 勝負しろよ」
カードを持った手を振っている。
「俺、今日はこいつのお守りだから」
「逆だろ? 彼女がいるからこそ、ここで男を見せろよ?」
「ああ、それなら」
がたんと席を立つルイフォンを、メイシアは不安げに見上げた。けれど彼は「行こうぜ」と、楽しげに笑いながら彼女の手を引いていく。
ふたりの登場に、テーブルがわっと盛り上がった。キンタンの隣りにいた少年が「よくぞ、誘ってくれた!」とキンタンの背を叩き、別の少年ふたりが握手を交している。綺麗所がテーブルに来て心が踊らないわけがない。
「賭けている?」
「いつも程度に」
じゃあ気が抜けないな、とルイフォンは猫のように、すうっと目を細めた。その傍らでメイシアが一気に青ざめる。彼女は賭け事と聞いてうろたえていた。
ルイフォンが苦笑しながら尋ねた。
「お前はプレイする?」
「い、いえ。観客でよろしいでしょうか?」
メイシアの返事に、ルイフォンは軽く頷いて、観客席を用意した。
切れそうなほどにピンとしたカードを、キンタンが見事な手つきでシャッフルする。この店の夜の顔は酒場であるが、その横顔は賭場でもあるので、一人息子の彼はカードを自在に操れる。実は勝者の決定権は彼にあると言っても過言ではないのだが、イカサマで勝つのは彼の矜持が許さない。
手元に配られたカードを見て、ルイフォンは、にやりとした。テーブルを囲む少年たちに焦りの表情が生まれる。
ゲームが始まった。場にあるものよりも強いカードを出していくルールで、手元のカードがなくなれば上がりである。
次々と出されるルイフォンのカード。他の者は及び腰だ。
「はい、ラスト!」
ルイフォンが最後の一枚をぱしっと場に放った。
「……えええ? お前、無茶苦茶、カード運悪かったんじゃん!?」
「ブラフか!」
少年たちが叫ぶ。
「まぁね」
少年たちの悔しげな声を尻目に、飄々と儲けを確認するルイフォン。さらりと勝利したときの、この爽快感が彼はたまらなく好きなのだ。テーブル上の残りの小銭を巡り、少年たちがドベになってたまるかと躍起になって勝負を続ける。
二番目に上がったキンタンがメイシアに声を掛けた。
「ルイフォンのハッタリに気づいていただろ?」
「何!?」
そう反応したのはメイシアではなくルイフォンであった。彼は財布に入れようとしていた小銭を取り落とし、慌ててテーブルの下に潜る。
「こいつの席から、俺の手元は見えないはずだぜ?」
ごそごそと這い上がってくるルイフォンに、賭博師の顔でキンタンが言う。
「場を見る彼女の表情が、微妙に変わるんだよ」
「……すみません。ルイフォンの出す順序に矛盾があったので……」
申し訳なさそうに、メイシアの目線がルイフォンとキンタンの間を忙しなく泳ぐ。
「実は、俺も気づいていた。ただ、俺のカードじゃ阻止できなくて負けたけど。――あれに気づくって、あんた、凄ぇな。正直、見直した。見た目だけの女かと思っていたから……」
悪かったな、とばつが悪そうにキンタンが頭を掻いた。
「こいつは賢いからな」
何故か自慢気にルイフォンが口を挟む。キンタンの視界からメイシアを隠すように体を割りこませたように見えたのは、キンタンの気のせいではないだろう。キンタンはわずかに眉を寄せたが、言及はせずに続けた。
「でも、次の勝負では顔色を変えてくれるなよ?」
あくまでも正々堂々と勝ちたいキンタンである。
「あの、そんなに顔に出ていましたか?」
「まぁ、わりと」
キンタンが尖った顎に手を当てて、悪がきの顔でにやりと笑った。
「――こういうときはさ、勝利の女神の微笑みで、にっこりしていればいいんだよ。あんた、せっかく美人なんだし」
「そうだな。俺も、お前には笑っていてほしい」
ルイフォンにもそう言われ、メイシアは困惑顔で彼らを見返す。テーブルでは、そろそろ敗者が決定しようとしており、ゲームの熱気は次の勝負へと向かっていた。慌てて笑顔を作ろうと努力するメイシア――しかし、すぐにその必要はなくなった。
からん。
扉のベルが鳴った。
キンタンによく似た痩せぎすの男が入ってきた。この店の主、トンツァイである。
「ルイフォン、待たせて悪かった」
「ああ、トンツァイ」
ルイフォンの口元が引き締まる。お遊びはここまでだった。彼の周りの空気が、がらりと音を立てて変化した。
「なるほど、親父と約束があったのか」
キンタンが得心のいったように呟く。
彼の父はテーブルの顔ぶれの中からメイシアの姿を見つけると、骨ばった頬をにたりと歪め、ぴゅうと口笛を吹いた。
「掃き溜めに鶴だな」
それから身をかがめ、「彼女を同席させるつもりか?」とルイフォンに耳打ちする。
情報屋トンツァイの言葉に、ルイフォンが眉を動かした。トンツァイがわざわざ確認してくるからには、何かしらの理由があるのだろう。
しばしの躊躇。そして、ルイフォンはメイシアに視線を向けた。彼女は状況が理解できずに戸惑いの様相を呈していた。
「お前はここで待っていてくれ」
メイシアの肩にそっと手を置き、ルイフォンは席を立つ。キンタンがいれば、彼女を置いていっても問題ないだろう。
心細げな表情をするメイシアの耳元で「彼は情報屋だ」とルイフォンは囁いた。彼女は顔を強張らせながらも黙って頷いた。
「キンタン、彼女を頼むよ」
そう言い残し、彼はトンツァイと共に奥の部屋へ移った。
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