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よし、見なかったことにしよう。
思い出したように痛む頭をおさえながら、そっと立ち去ろうとするけど、遅かった。
喘ぎ狂うご婦人を後ろから淡々と揺さぶっていた青年が、ふと動きをとめる。
未明の薄暗い路地裏で、猫のように輝く蜂蜜色の眼光が、わたしをとらえた。
「……次は、あなたが僕を買ってくれるんですか?」
んなアホな。
脳内でツッコミを入れるわずかな間に、ぐらっと揺らぐ視界。
ご婦人をはなした青年が、あっという間に距離をつめ、するりと腕を腰にからめてきたんだ。
ずるずると崩れ落ちたご婦人は白目を剥き、いわゆるアヘ顔で「アッ、アッ……」とよだれをこぼしていた。ご愁傷さまです、いろいろと。
そんなご婦人のことなんかもう眼中にないのか、わたしの腰をなぞるなんとも不穏な手つきの青年へ、意識をもどす。
「ごめんなさい、間に合ってます」
「……安くしますよ?」
「あのねぇ、そういうことが言いたいんじゃないの」
こんな路地裏で商売をしているくらいだ。見つけた金づるを逃したくないんだろうけど。
「じぶんを安売りしちゃダメってこと」
わたしを拘束した青年の呼吸が、はた、と止まる。
その隙に腕を抜け出し、つかむものを見失った青年の右手へ、左腕に提げたバスケットから取り出したものをにぎらせた。
そこでようやく青年の蜂蜜色の瞳が、ぱちりとまばたきをした。
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