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12.奪われた日常
フカフカのソファ、ダブルベッドに大型テレビ、電子レンジに冷蔵庫。生活に必要な家具や家電が揃った。
子供部屋おじさんはリストに記載されてない物も注文すると用意してくれた。もちろんカラオケで指定された点数を超えるのが条件だ。
「おじさ……三四郎さーん」
「なんだい?」
子供部屋おじさんの名前は藤本三四郎、本名かどうかは分からない。けど嘘をついているようにも思えなかった。
「絨毯、ラグが欲しいんだけどな」
「ああ、それなら六十点て所かな」
「はーい」
彼の目的は分からない、けれど少なくとも私に危害を加えたり、殺そうとする気はない事は分かった。そうなると今いる空間を少しでも快適にしようと私は努力した。
拉致されてから二週間が経過した、テレビがあるから時間も日付も確認できる。普通ならばそろそろ警察が私を捜索する頃合いだろう。しかし、残念ながらそれはない。なぜなら家族が捜索願を出していないから。
子供部屋おじさんは私のスマートフォンを使って夫とお母さんに連絡を取っていた。私になりすまして。
『しばらく一人になりたいから旅に出ます』
夫は家政婦がいなくなった事に憤り、お母さんは孫とずっと一緒にいられることを喜んだ。子供部屋おじさんはメッセージのやり取りを教えてくれたから彼らがまったく心配していない事だけはよく分かった。
子供部屋おじさんは私の家に小型カメラを仕掛けて盗撮してライブ映像を私に見せてくれた。優菜はいない、おそらく実家だろう。散らかった部屋に女が出入りするようになったのは一週間ほど経ってからだ。
女は我が物顔で部屋を出入りしてキッチンで料理を作った。夫が帰ってくると一緒に食事をして風呂に入る。晩酌をしながら絡み合うとセックスに移行する。
私が失踪してたったの二週間で同じ家に違う家庭が出来上がっていた。結局私の存在価値なんてそんなものだ。
『優菜は大丈夫? 私がいなくて泣いてない?』
『あら、大丈夫よ婆ばがいるから。まあゆっくりしてきなさい』
子供部屋おじさんのメッセージに対するお母さんの返答がこれだ。お腹を痛めた娘の異変にまるで気がつかない母親と、母親がいなくてもへっちゃらな娘。
それが私の存在価値。
いてもいなくても一緒。
誰からも必要とされない女。
全力でカラオケを歌い終わりマイクをテーブルに置いた。
「コングラッチュレーション!!」
ハスキーボイスが頭上から降り注ぐ。カラオケモニターには八十五点が表示されていた。
毛足の長いフカフカの白いラグにしよう。
私はいつの間にかこの生活に慣れ始めていた。
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