時を戻す/2021年/令和3年/8月

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時を戻す/2021年/令和3年/8月

あれは2年半前 夕暮れ時のいつもの電話 仕事の帰り、月に何回か母に電話した 母と電話で話すのが私の楽しみだった 通話料金を気にして、頻繁に電話しないようにしていた 本当は何度でも電話してたくさん話したかった 母が話せていた あの頃を思い出している 2021年夏の終わり 仕事の帰り、いつものスーパーで買い物を済ませ、母に電話 夕方のこの時間が好きだった 18時30分頃でもこの時期はまだ暗くはない 冷たいコーヒーを飲みながら母と話す 私は仕事であった事を話し、愚痴を言う 母が相槌を打つ 母は孫の話をしたり、習い事の大正琴の練習に行った時の話をする 練習の後の仲間で食事やお茶をするのが楽しいと嬉しそうに言った 夕焼けが増した空を見ながら母と話した 母は私がちょっと面白い事を言うと笑ってくれた 笑い上戸で、笑い過ぎて涙を流しながら言った 「もう、バカ言って」 母の顔は見えなかったけど、 ハンカチで目の縁を拭いている母の顔を思い出していた もう、母と話すことは出来ない でも、今も母の泣き笑いの顔を思い出す 母が倒れてからも、私はいつものようにいつものスーパーで買い物をして帰る 車に乗って目の前の夕焼けを見ると、母と話していたあの頃を思い出す スーパーの駐車場から真正面に見える巨大なマンション 電話していた頃と同じ景色 薄暗くなり、マンションの明かりが浮き上がる 長い廊下に並んだライトがイルミネーションのように綺麗だった 駐車場の灯りも灯る 母の声を思い出す 「身体は大丈夫 腰が痛いけど、まぁ、ね」 「会いたいね、いつ会えるかな…」 「いつでも帰っておいで、待ってるから」 「これからご飯でしょ」 「気をつけて帰ってね」 「おやすみなさい」 いつも いつも 夕暮れ時、このスーパーの駐車場に来ると 母を思い出して、 母と電話で話をしたくて、 話したくて、 泣いてしまう
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