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012 瞳 side
何気のないまだ朝の早いひとときのこと。私は石城くんに前々から聞こうとしていることを知るため、私はいま思いついたようにして、石城くんにとある質問をすることにした。
「ショータは、自転車に乗れたのっていつごろのことだったの?」
「ん? ああそれは小学一年生のときかな。小さな頃は自転車がほんとに物珍しくてさ、時間があったらしょっちゅう遠征にいってたもんさ。親からは『晩飯の時間を守らずに帰ってこないから、こんなことなら買ってやらなきゃよかった』なんてよく言われてたな、、、おっと、小沼には退屈となる話だったかな?」
「そんなことはぜんぜんないよ。私もね、小学一年生のときに初めて自転車を買ってもらったの。淡いピンク色だったのでとてもよく覚えているわ」
「俺は好きな色が赤だから自転車も当然に赤だったんだ。ヒーローのリーダー色ってみんな赤だよな」
しめしめ。私は思わずに石城くんから私が知りたい情報を得ることができた。でも、もう人押ししてみようかな。
「でも赤色なんて、フツーは女の子が選ぶ色じゃないの?」
「ウッ、、、当時の俺は知らなかったんだよ。色にそもそも、男の子向け女の子向けの意味合いがあるなんてな。小沼はイジワルだな」
石城くんはふくれてむくれてしまい、それから私が何を言っても機嫌がなおらなくなってしまった。でも思えばそのせいで私はアナタと最初に出会ったときに、アナタを女の子として認識しちゃったんだからこれでおあいこね。
これから話すことは私がまだ幼かったころの記憶。お父さんと私の、その後の事故で亡くなってしまった父との、かつての思い出、、、、、、
ミーン、ミン、ミン、ミン、ミン、ミン、ミン
ショワ、ショワ、ショワ、ショワ、ショワ、、、
「アハハ、キャッ、キャッ」
バシャバシャ、バシャン、バシャン。
真夏の陽射しが最も高くなった正午過ぎの真昼の時間に、お父さんが借家をした社宅前の庭に設置した簡易プールの中にあったオモチャで一人で遊びに興じている私がいた。小学校に上がったばかりの私にとってはこれが初めての長い夏休みで、それでいていつもまとわりついてくる次女は保育園に預けられていておらず、下の赤ん坊の双子はお母さんが実家に用事があって午前中から一緒に出かけたために、一人っ子に戻ったかのような貴重な1日となった。
「、、、グガー、グガー、グガー」
ひっきりなしに鳴っている蝉の声に紛れるように、いつしかそのイビキ声に気がついてそれに振り向くと、そこにはお父さんが自宅の縁側部分で作務衣を着て、片手には団扇を持ちながら大の字になって寝転んでいたのだった。
「グガー、グガー、グガー。グガー、グガー、グガー。グ、、、」
イビキの声は増々と大きくなってきて、やがて遠くにいるセミよりもうるさいほどの高イビキに、それまで一人遊びに夢中になっていた私はこれにすっかりと興をそがれてしまった。うーうるさい。
この日には小学校からの夏休みの提出課題にある「夏休みの思い出」の作文を作るために、忙しいお父さんのスケジュールの合間の休暇で市営プールへ出かける運びとなっていた。しかし予定というものはそのまま予定通りにならないもので、昨日の晩に急なお仕事が入ったお父さんは、帰ってきたときにはもうクタクタで、眠いからまた今度にしてと私にお願いをしてきていた。
「やだあ、やだあ! お父さん、あたしとの約束をぜったいに守ってよ!」
床ごろごろをしてみっともない姿を晒すことを厭わない行動に出たことは恥ずかしさの極地であったのだけれど、お父さんと二人で出かける機会というものが滅多にない私は、このときばかりは必死になって泣きわめいて、結局は我儘をいった挙げ句にショボショボとなっていた目をこすりつけながら、お父さんは自宅の庭に簡易プールを作って私を遊ばせるための妥協案をすることになったのだった。
「お父さん起きてー、ねえ起きてよー」
お父さんの大きな体を左右に揺らしたりしてみたけれど、お父さんは大きなイビキをますます掻き始めた。あーもうこれはダメなやつだ、と私は悟ってシブシブとしながらまたプールへとさびしく戻った。
せっかくに、お父さんと二人で遊ぶ予定だったのにな。お空を見ると青空の中を入道雲がゆっくりと流れて動いていく様子を、ボンヤリと眺めていたときにそれは突然に起きた。
ゴーン~ンン~ン、ガシャン!
それは庭の外側にある電柱の付近から聞こえてきた大きな音で、私は何事なのかと思ってすぐに道路へと飛び出していた。
カラカラ。カラン、カラン。
「うおお、、、イテテ。電柱の地番を見てたらぶつけちまったぜ。うー、頭はどうやら無事だったようだ」
電柱のそばには転がったままの赤く塗装をされた自転車がすぐに見つかった。見るとそれは小学生向けになる小さな自転車のようで、幾度もぶつける事案でもあったのか事故などを経験した証拠に、フレームのあちこちが一様に変形をしていた。
尻餅をついていた人物がさきほどの台詞を言うと立ち上がって、自分の服の上についていた汚れを勢いよくパンパンと叩いた後に自転車をよっこいせと起こしていた。それから電柱にある地番をまた確認すると、今度はキョロキョロと辺りをうかがっていた。
その人物というのはわかめ頭で服装は子供が汚す目的でよく着るTシャツに半ズボンといったもので目を引くものではなかったけど、髪の色は特徴的なもので色素の薄いあわ栗色、ついでにいうと目鼻立ちの凹凸が少ない一般的となる日本人と比べて、主張がかなり激しい顔立ちには見る人の興味を持たせた。
私も例外にもれずに思わずに見惚れてしまうが、そのような彼女と目がバチンとあってしまう。彼女の目は人と出会えたときの喜びが浮かんだのは一瞬の出来事で、私の姿を捉えた瞬間から、それは困惑した目つきへと変わってしまった。私はそれを不思議に思っていたけど、困っていそうな人がいまいることを放ってはおけなかった。
「あのう。なにか困ってるの?」
「うん? ああ、、、どうやらここがどこかわからないんだ」
彼女は後手でわかめ頭をポリポリと掻いた。
「ふうん。どこへいくつもりだったの?」
「いやその。目的地は決めてはいないんだ。帰るときにはいつも折返し時間を決めて出発するだけの。まあてきとーで」
この話を聞いて子供心にも私は、この娘はなんてアバウト過ぎるんだろうととても心配になった。
え、、、あ、転んだときの怪我なのかな、彼女が擦り付けたと思われるひざ小僧からは大きな血がじわり、じわりと浮かび始めていた。
「あなた怪我をしてるじゃないの! はやくこちらへきて!」
思うよりも先に彼女の片腕を取ってから、うちの玄関の方角に向いて歩いて進んだ。
「え?、、、いやこんなもん、ツバをつけてたら、そのうちに治るって」
「なにを馬鹿なことをいってないで。傷口からもしもバイキンが入って化膿しちゃったら、きっと大事になるのよ」
私はそれから有無を言わさずに慌てる彼女を家の中まで招き入れると、すぐに救急箱を用意して手当を施し始めた。
(続く)
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