014 瞳 side

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014 瞳 side

小学3年生になった私のお誕生日の日に、私はお父さんから新品のピンク色した自転車をプレゼントしてもらった。 「瞳、お誕生日おめでとう。先週に瞳と一緒に選んで決めた自転車が届いているぞ」 「まあっ! きれいな色をした自転車だわ。この自転車を選んで本当に良かった。お父さん大好き! お願いを叶えてくれてほんとうにありがとう!」 ピカピカとした自転車のまえで私はお父さんにしがみつくと、さらにしゃがむようにおねだりをしてその頬にキスをした。 「ハハハ。瞳は二人っきりになると途端に甘えん坊さんになるな。でも妹たちがいる前ではこうしたことをしてくれなくなったのはなぜなんだい?」 「だって、『瞳はお姉さんなんだからいつまでも親に甘えていたら妹たちのお手本にならない』ってお母さんがいつも言うものだから甘えづらくて。本当はいつもこうしていたいのよ、ンフッ」 「ク、クッ。ならしかたがないな。しかしいつまでも、こうしてばかりもいられないか。お父さんはそろそろ、新しい自転車に乗っている瞳の姿をぜひにみせてほしいんだが」 「頼まれたのならしかたがないわね。んしょ、っと」 お父さんに十分に甘えたのでさっそくに自転車に跨った姿を見せたのだけど、サドルを目一杯に下げた状態でのつま先立ちがやっとの姿勢となってしまった。 「24インチの自転車はやはり大きいだろ。お店で試乗した同じ自転車の22インチなら足の踵が完全に地面とついていたからな。どうだ瞳、まだ新品なんだし交換はまだ可能だと思うから、自転車屋さんにもう一度いってみないか?」 「もう。買うときにもお父さんとそれで揉めたじゃないの。『成長をするといまのお嬢さんでは早くて二、三年ですぐに乗れなくなりますよ』って自転車屋さんもおっしゃっていたわ。24インチだったら中学生になっても乗れるというからオトクなのよ」 「そうはいってもなあ。これでうっかりと交通事故でも遭ってしまったら、それこそ洒落にならない大問題になるぞ。瞳と二人だけで自転車を選びに行ったのは失敗だったな、、、お母さんにも叱られると思うぞ」 お父さんは後悔して頭の後ろのほうに手をやりポリポリと頭を掻いた。でも実はうちにはすでに20インチの子供向け自転車があった。なのにこれで22インチを購入したのではとても不経済になるのがわかってくれない。 「平気よ。それにこの自転車を買うときにお父さんが、補助輪をつけないと買わないぞって言うから仕方がなくわざわざ取り付けて貰ったんじゃない。あたしはいまでもいらないと思うけどさ」 この大きな自転車には子供の矯正向けの補助輪がついていた。こんなの、小さな子供のようでとても恥ずかしい。 「いいや。せめて瞳の足の踵がしっかりと地面につくまでは補助輪をつけていてもらうからな。それが買ったときの約束だ、ぜったいに守ってもらうぞ」 「わかったわよ。ちぇ、、、」 私は不満な渋顔でそう答えると、お父さんはこの答えにたいへん満足をしたようだ。 ☆ ☆ 新しい自転車を買ってもらった私はちょっとした冒険を一人でしていた。それは私が知った初めの風景でそれまでは知らない町並みなのであった。 シャー、シャカシャカ、シャー 軽快なリズム感で走る自転車からの音。いままで私が乗っていた20インチの自転車と較べると一回転にまわる回転距離が飛躍的に長くなっていた。 「エヘヘ。こんなに遠くまで来るのは少し大人になった気分ね、、、あーなるほど、ここの道路の先はこうなっていたのね。でここからは国道と繋がってしまうから、ハイここまで、、、終了っと」 お父さんと約束をしたように、車がよく走るキケンになりそうな大きな国道に当たったらそれ以上は進まない。 「さあこれでだいたい、家の周囲の様子は掴めたわ。あとはノンビリと走って帰ろうっと」 私は道筋をUターンして元きた道路へまた引き返す。今度は家のある方角に向かってべダルを踏み込んだ。 「ふうふう。はあはあ、、、あ、公園の看板、、、、、、ふーん、運動自然公園ね。すこしだけ休んでいこうかしら」 私は公園に入ると自転車を降りてゆっくりと公園内を散策して歩くようになっていた。 「案内板があったわ。ええとなになに、、、『ここは運動自然公園の複合施設です』。そうか、だから入り口には広い運動場があったのね、、、『公園内には広大な自然公園があリます』。へぇー学校の夏休みの研究課題にくると良さそうね」 私は初めてとなる大きな公園に目を輝かせて、興味津々に目まぐるしく目を動かして歩くようになっていた。 そうしていつのまにか、人気があまりない奥のほうまでのどかに歩いていくと、遠くの前方のほうで私よりも大きな男の子たちが、周りを取り囲むようにして囃し立てて駈けているのが見えてきた。その様子からみて獲物を追っている感じにみえた。 いやだわ、どうして男の子たちって残酷な遊びを平気でするのかしら。私は男の子たちがいま追っている獲物が、どうかうまく逃げ切ってくれるようにと願っていた、その矢先のこと。 「、、、キャーーー!」 絹を引き裂くかのようなその悲鳴が私の耳元へと突然に聞こえてきた。 「、、、わよ!」 今の悲鳴とはまた、違うらしい女の子の声もきこえてくる。 「だから、、、、、、と言っているでしょ!」 たどたどしく聞こえてくる声の方向は、男の子たちが消えていった方角とほぼ同じ。状況はわからなかったけれど、差し迫った緊急事態が起きたことだけはわかる。 私はこれまで引いていた自転車に跨って、急いでその方向に走らせていた。 あ、、、ようやくに状況がみえてきたわ。 大きな沼にある茂みの深い藪がたくさんあるその先の場所で、先ほどにみかけていた男の子たちが、二人の女の子を取り囲むようにして立っていた。 女の子たちの年齢は私とそう変わらないようで、くせっ毛でピンピンとよく跳ねた髪の持ち主は、悲鳴を上げたもう一人の女の子を庇ってある男の子と対峙しているようだった。 「へへーん、やい、どうした、どうした。この前みたいにお前の兄ちゃんに助けを呼んでみたらどうだ。まあ今日はあんなやつがきたって、俺たちの数の前に敵う相手ではないけどな」 リーダー格に見える男の子がニヤニヤとしながら腕を組んで一歩前に出ていて、その言葉に同調するようにゲラゲラと笑い合う男の子たち。数えたら男の子たちは6人だった。 女の子たちはこれまで逃げ続けていたようだったのにもう逃げてはいなかった。なぜなら彼女たちのすぐ後ろが大きな沼となっていたのでもう退路がない。そこから離れた立て看板の文字が私の目に入った。 “沼はたいへんに危険です! 水は深し!” (続く)
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