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007 正太郎 side
「あッ小沼、おい、どこへ行くんだ」
向原が教室に入ってくると小沼は座っていた席をすぐに立ち、俺の声が聞こえているのに何も言わずに教室の裏口からサッサと出て行ってしまった。
あいつは向原を毛嫌いしているみたいだ。まあ俺もそうだけどな。
小沼と知り合った最初の頃は、拾ってきた野良猫のように警戒されたり無視されたりしていたけど、最近では打ち解け始めてくれたのか、俺にちょっかいをだすことが多くなってきた。が、俺以外の人間とは相も変わらず誰とも話さず、学校生活を一人孤独でやり過ごしているようだ。
この反応も以前と比べたらいくらかだいぶマシになったもんだ。でも本当なら小沼と話す役目は向原がしないといけないんだってぇの。それをあの向原のやつは早々と職務放棄をしたんだ。
「ねえ今日はとても暑くはない? こうも暑いとさ早く衣替えがこないかなって思っちゃうよね」
「GWを過ぎたあたりからほんっとあっついし。そういえばさ、ミキが入部した演劇部って部活動はきついわけ?」
「ぜんぜんだわ。先輩に聞いてみたら夏と冬にコンクールがある以外に忙しくはないんだって。うちの部活は熱心にしているわけでもないからとってもヒマなのよ」
「わあっ、あんたの部活ってマジに天国じゃん。私は部活選びを間違えちゃったな。テニス部に入ってみたら朝からガチで練習はあるし、大会実績がなまじにあるものだから先輩たちも猛練習してるし。私も今から演劇部に乗り換えても平気?」
「テニス部に入った動機はなんだったっけ? あれはたしか憧れの先輩がいるからとか言わなかった?」
「入部したら彼女がいたのがすぐにわかっておしまいよ。それがさ聞いてよ、その彼女はなんと同じテニス部の副部長でね、私のように先輩を目当てに入った女子たちを次々に、、、」
俺は向原の声を聞いているのにうんざりとしていたので、新しい空気を吸いに教室から出ていこうと席を立った。
「ヨッス」
俺に声を掛けてきたのは同じ班員でもある山崎だ。山崎は出ていこうとした俺をすぐに呼び止めた。
「正太、朝からションベンか」
「ちげえよ山崎。ほらそこを見てみろ、向原の声が朝から耳障りだから席を立ったってだけだ」
「ちょうど見せたいものがあってさ、石城ちょっと付き合えよ」
「まあ、ひまだから付き合ってやんよ」
俺はこうして山崎と教室から抜け出した。
☆
「へへッこいつだ、すごいだろ」
そう言ってガサゴソとカバンの中から取り出して、俺にみせていたのはピカピカしたスマホだった。
「おまえ、スマホを買ったのか?」
「土曜日に買いに行ってな。わからんけど家族割の学生割だとかで、家族皆で買い替えた」
「がっこのスマホ持ち込みは、たしか原則禁止のはずだったろ」
「固いことはいうなって。ほれ、さっそくお前が欲しがっていたあの写真だ。ハァハァ、こりゃすごい」
「おおッ! こんな写真をいつ手に入れたんだ! お前マジでやるじゃないか」
「スマホを購入してからすぐ日曜日にな。操作を一通りに覚えるのが大変だったけど、やるときはできる男なんだぜ」
「この悩ましい流線美ったらないな。ウヒヒヒヒ、この迫力あるボディーが実にたまらん。おお、次の写真もサイコーの角度で撮ってるポーズじゃんか」
「これくらいで衝撃を受けるとはまだまだ青二才だね。そら次だ」
「ワァアッ! やべえぞ、こんなのをみてたら飯の3倍はよゆーだわ!」
「だろだろ。石城もわかってるじゃないか、、、ん?っておまえ、飯の3杯の意味をわかってて言ってるの?」
「飯の3倍って意味はわからんけど。なにせまだうちではスマホを持たせてもらえんし。門脇たちが使ってるニュアンスなんかがいいから使ってるぞ」
「おまえ、何もわからないで使っていたのか。あのな、飯の3倍も意味が違うくて、飯の三杯はいけるっていうのはそもそも」
「なーんだ。面白いものが見られるんじゃないかと思っていたら、ただの電車の写真じゃないのよ」
「うわッ!」、「ぎゃあああッ!」
俺と山崎はそれぞれに悲鳴をあげた。小沼がいつの間にか後ろ側からスマホの画像を覗いてみていたのだ。
「ショータが飯の3杯なんていうからてっきり、、、エヘン、エヘン、なんでもないの」
「違うぞ小沼! 目を皿にしてこの画像をもう一度よくみろ! これが電車などとは言語道断、これはあの古の蒸気機関車のSLだぞ! シュッシュポッポと巨大な鋼鉄の動輪で力強く走り続ける、男の熱きロマンの乗り物なんだ!」
「石城。そのツッコミはもうなんだか色々と間違えているな、、、おまえはもう少し大人になって学び直してから出直したほうがいい」
「あんたってほんっと、この手の話題になるとてんでおバカよね」
山崎も小沼も、脱力してため息をついていた。
え、なにかオレ間違えたのか?
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