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「君は、なぜこんなものを」
もうここから口頭試問が始まっている。
褒められることはないだろうと、思ってはいた。
「描きたかったから、です」
用意してきた回答はすべて頭の中で吹っ飛び、間抜けな返答が震える唇から飛び出た。
覚悟を決めてきたつもりだったのに、やはりどこかで評価を気にしている。
――今どき、油絵で桜を卒業制作にするなんて、それだけで落第ものじゃね。
――絵画サークルのおじいちゃんみたいな題材よね。
同期や修士の先輩からは何度もそう言われた。
F40号麻のキャンパスに描いた枝垂桜は、大学からほど近い曹洞宗の寺に通い詰めて、やっと完成した。
芸術は常に新しいものが求められる。
古きを踏襲するにしても、過去のものをなぞらえるだけでは自分の作品とはならない。
そんなことは百も千も承知だ。
それでも、僕にはこれしかなかった。
描けなかった。
なんとか一浪で美大にひっかかったものの、成績は鳴かず飛ばず。
気が付けばゼミの落ちこぼれだった。
今も、焦りや情けなさがないわけじゃない。
それらを押しのけるくらいの力を、彼女は与えてくれると信じて、今日この展示室に来た。
絵の中の彼女をじっと見ながら、本村先生は僕の返答を待っているようだった。
「描きたかったのは、この女性?」
言いよどむ。
「全部で、それでいて一つです」
「ばかばかしい」
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