花散る君は美しい

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 表情から色を失くしたまま、先生は続ける。 「彼女は、私の依頼を断りました。信じがたいことに、他の男のモデルをすると言ったんです。それはどこの誰だときいたら、私の知らない男でした。知るはずもない、だって、美術大学の学生でも、画家でもない。貧乏な、工場で働いている男だったんですからね」    わずかに、先生の眉間に皺がよる。 「私は、彼のように趣味で絵をやっているんじゃない。本気で芸術を突き詰めようとしているし、現に認めてくれる場もあると彼女に説明しました。けれど、彼女は私に『そういうことではないのよ。あたしは、あの人の描くものが好きなのよ』と言ったんです。私はいくつも彼女に自分の絵を見せていたのに、私の絵よりも学のない男の絵が素晴らしいと言うなんて信じられなかった」    今僕が目にしている先生は、僕の知っている先生ではない。  自己中的な優越感を持っているがゆえ、熱い嫉妬にさいなまれている男だった。
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