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普段から評価されていないのはわかっていたけど、ずいぶんな言い方だ。
それでいて、違和感を覚える。先生はもっと理論的に語る人なはずだ。
「こんな女なんて、いなかったでしょう」
「確かに、モデルがいたわけでは……」
「では、これは何だというんです」
先生の声がわずかに震えていて、どうやら怒っているらしいと気づく。
真意がわかりかねず、自分の声も震えそうだった。
「その、彼女は、あの、枝垂桜そのものです」
「花精ですか」
「そうとらえていただいて、かまいません。僕にとっては少し違いますけれど」
「どう違うんです」
緊張で浅くなった呼吸を整える。
絵の中の彼女は、桜色がちょっとくすんだような鴇鼠の着物を着て、春の霞の中に立っている。
彼女は、実在でも架空でもない。
ましてや幽霊でも。
僕の中だけの、確かな存在なのだ。
それは、幻覚というにはあまりにも湿気と温度をはらんだ出会いだった。
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