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彼女と出会った日、僕は何もかもが嫌になっていた。
必修の単位をいくつか落とし、最終学年なのにかなりの授業に出なければいけない。
おまけに同期たちは適正なスピードで就活に向けて準備を進め動き出し、卒業制作の土台を形にしつつあった。
作品作りに悩んでいる体をとってはいたが、僕からは着々と進んでいるように見えた。
気持ちにも時間にもまるで余裕がなかった。
「このままじゃ、卒業できないよ」
そんなおことばを担当の本村先生から頂戴したのも、その頃だった。
こんな自分がむしろなんで美大に引っかかったのか、今となっては謎だ。
現実と自分の実力を見る勇気が欠けていたのだと分かり始め、絵を描くモチベーションは究極まで下がりきった。
入学した頃は、下手くそでも、描ける環境があるだけで幸せだと感じていたのに。
重い足取りで校舎を出た四月の午後、近所の寺にいつもはない賑わいがあった。
人々が引き込まれるように寺の門に歩いていくから、なんとなく誘われるように僕も門をくぐってしまった。
青々とした楓に囲まれて、その枝垂れ桜は滝のように花を咲かせていた。
こんな樹が、ここにあったのか。なんと見事な枝ぶりだろう。
桜はもう終わったと思っていたが、枝垂れ桜はソメイヨシノよりすこし花ざかりが遅いのだと、このとき知った。
一眼レフカメラやスマートフォンを向ける参拝客を避けながら、その造形美に見とれる。
圧巻の存在。
一瞬、時の流れもわからなくなる。
きれいだ。
それでいて、激しい。
自分にもまだ、何かを美しいと感じる心が残っていた。
桜越しに見上げた春の日差しに目を刺された瞬間、
――はあ、はらり。
熱い吐息が、耳元に吹きかけられた。
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