始まりの日

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何やらざわめく声が近づいてくると思っていると、私の前に老婆が影のように現れた。 人々が、老婆を遠巻きに見つめてながら声を潜めて話していた。 老婆のことを影のように、と表現したのにはちゃんと理由がある。 彼女は、一体どこで買ったのか気になるほどに真っ黒な衣服を身に纏い、頭からこれまた真っ黒なベールを被っている。その手は、私が初めて見る禍々しい光を放った宝石を埋め込んだいかつい杖を握っていた。 かなり歳をとっているらしく、ベールから覗く顔には深く皺が刻まれており、鼻は梟の嘴のようだ。 更に、足音が聞こえなかった。まるで自立している影か、そうでなければ梟と鴉が合体した怪物か何かが人間に化けたような見た目だ。 こう言っては失礼だが、彼女はどこかの寂れた路地裏で占い師を騙っては高い額を「占い料金」と称して客から奪い取るような、怪しげな雰囲気を醸し出していた。 そして、異様なのは見た目だけではなかった。 当然ながら、うちには常連の方だけでなく新規のお客様も大勢やってくる。そういう方は私と面識がないため基本会釈をして店に入るだけなのだが、同じく初めて見る顔のはずなのにその老婆は私の前から動かないのだ。 一応断っておくが、新規の方でも私に話しかけてくださる方はちゃんといる。ただ、そういうお客様は皆笑顔で喋りかけてくるものである。 だが彼女の場合、話しかけてくる風でもなく、かといって私に用がなさそうなわけでもなく、私をただ見つめているだけだった。 変わったお客様の対応は以前したことがあるが、それと比べ物にならないくらいおかしな人だ、と居心地の悪さを感じながら私は思った。 「ちょっと婆さん、うちの子に何の用事だい」 いよいよ耐えきれなくなった私が、あの、と声をかけるよりも先に、店から私の父が出てきた。私よりも父の方が我慢できなくなるのが早かったようだ。 「さっきからジロジロ、ジロジロと・・・この子と話すのはいいけどね、そういうわけでもなく突っ立ってられちゃ困るんだよ」 「店の前に居座られちゃ他のお客さんも入ってきづらいわ。特に用がないなら立ち去っていただける?」 父に続いて母親までもが参戦してくる。二人して、私と老婆の間に立って私を守るような仕草をした。 気持ちはわからないでもないが、いくらなんでも言い過ぎではないだろうか。仮にも彼女は店に来た「客」である。 攻撃的な二人の口調と風変わりな老婆の見た目が相まって、あっという間に周囲に野次馬の人だかりができた。見世物ではないのに、とため息が出る。 母の言葉ではないが、それこそ店に入りづらいではないか。 大人二人に詰められたためか、その老婆はようやく口を開いた。 「石が、お前さんだと言っておる」 「・・・は?」
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