Prologue -荒廃した世界-

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    望んだわけじゃなかった。 今更そんなことを言ったって許されるわけではないし、かといってどうなるわけでもない。 しかし、目の前に広がる凄惨な光景を見ると、言い訳のようにその言葉が浮かんでは消えていく。 まるで地獄にいるかのようだった。それとも、地獄の方がまだましだろうか? いや、そんなことはどうでもいい。兎にも角にも、この世界は一瞬で様変わりしてしまっていた。    望んだりなんてしていなかった。 麻痺したように動かない身体の中で唯一働く目と脳を駆使し、周囲を見回す。 あそこには、何があっただろうか?幼い頃の思い出に溢れた、あの丘はどこだろう? そして今立っている高台は、少し前まで一体なんだったのだろう。 馴染んだ街のはずなのに、どれがかつての何だったのか、全くわからなかった。 生ぬるい風が頬を撫でて、側にあった土煙に塗れた植物を揺らしていった。 死んだような色をした植物のそのからだから、はらはらと土塊が落ちてゆく。 風に目が乾いて、目を閉じた。 目を開いたら全て元通りなのではないか、いつもの光景が広がっているのではないか。そんな、よくある物語で見るような淡い期待は抱くことができなかった。 なぜなら、目を閉じていても分かるからだ。この街が、いや、きっとこの国中すべてが荒廃しきっているということを。 活気溢れる市場からの声も聞こえない。無邪気な子供たちの笑い声も聞こえない。聞こえるのは悲痛な泣き声と空虚な風の音ばかり。 さっきよりも強い風が吹いてきて、足元の石の欠片が、チリ、と小さな音を立てた。 その音に、自分が何をしてしまったのかを再認識させられる。 どうして、どうしてこんなことに。    本当は、望んでなんかなかった。 目の前で、柱一本で形をなんとか保っていた建物がついにその支えをなくし、大きな音をたてながら崩壊していくのが見えた。 もうもうとあがった土煙は、やがて大気に溶けていった。というより、均一に広がっていった。 どこまでも澄んでいたはずの空気は塵と砂埃で汚れ、くっきりと見えていたはずのあの山の影すら見えない。大雨の日ですらこの距離であれば見えたはずなのに、だ。 灰色なのか茶色なのかわからない淀んだ空気を吸い込むたびに、身体が内側から蝕まれていくような感覚すらある。 本当はそんなはずないのだが、まるで身体がぼろぼろと崩れていくような気がした。そう、まるで砂粒のように。 たった今崩れた建物の下に、取り残された人はいなかっただろうか。 そう思って、直後首を振る。 あの下に人がいようがいまいが、殆ど何も変わらないではないか。 既に、この国で数千人が命を落としたのだろうから。 そして、そんな中で、私は生きている。
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