始まりの日

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やっと喋ったと思えば意味不明なことを言われ、私はぽかんとした。石が、喋る?何を言っているのだろう。 私だけではなく、両親も唖然としている。 「・・・な、何なんださっきから!」 母や私よりも先に調子を取り戻した父が老婆に食って掛かった。怒鳴ってから、慌てたように背の低い老婆の目を見るようにかがみ込む。 両親は私に背を向けて老婆の方を見ているので、表情はあまりよく見えない。ただ、口角が引きつたように上がっているのが見えた。下手な愛想笑いでもしているのだろうか。 言い過ぎたと反省しているのかもしれないが、そんなことをしたって言ったことが消えたりはしない。 「石ころは喋ったりしないんだよ、婆さん?」 「あぁそうだ、喋らん。だがな、言っておるのだ。そこの小娘が、”次”だと」 大儀そうにゆっくりと喋る老婆。言っていることが矛盾している。 「あぁ、そうかい。分かったからさっさと帰りな!夜道は足元が見えないんだから、悠長にしてるとこけちまうぞアンタ」 おかしなところしかない老婆の相手をするのが面倒になったのか、適当にあしらう父に対して、老婆は邪魔だと言いたげな様子で、犬でも追い払うように杖を持っていない方の手をひらひらと振った。 「な・・・」 あまりの扱いに言葉が出なくなる父。 その様子を尻目に、老婆は両親の間をすり抜け私に近づいた。 「ここらじゃ儂のことは伝説か神話の類にでもなっておるのかね?大魔法使いセルシア様を知らぬとは、田舎臭いわ知識は浅いわで悲惨なことじゃ」 ぶつぶつと意味不明な、だが悪意しか感じられないことを呟きながら、老婆は私の目をまっすぐに見据えた。 突如、動けなくなる。 この場合の動けなくなるというのは、老婆の言った魔法などというものとは一切関係なく、眼力で制圧されているような感覚に近い。とはいえ魔法など実在しないのだから、わざわざ言っておく必要性もないのだが。 それにしても、と私は考える。 目の前の老婆には、何か秘めたものがあるような気がしてならない。 怪しげな見た目だけではわからない、支離滅裂に思える言動からは窺い知ることのできない何かが奥にあるような気がして、私は唾を飲み込んだ。 そんな私を見て、老婆は嬉しそうに笑う。ここに来てやっと彼女の表情らしいものを見た。 「ほぅら、そこの小娘はちゃあんと分かっておる。どこまで理解しおったかは知らぬがな、そこらの無能な民衆共とは違うわい」 小馬鹿にしたような口調で老婆は言った。 正直に言うと、何も分かっていない。まずこの老婆が誰なのかすら、名前さえ知らないのだ。 ・・・いや、名前は既に知っていた。確かセルシアと名乗っていただろうか? 「あっ、おめえは!」 私の思考は、突如人混みから聞こえてきた老爺の声によって遮られることとなった。 その声を受け、老婆がぼそりと呟く。 「あの老いぼれは儂のことを知ってるようじゃの。まだ”他の”よりは話が通じるかね」 ”他の”・・・。 指摘してやりたくないこともないが、今はそれより優先すべきことがある。 老爺が彼女について何か知っているのならば、しっかりと聞いておかなければならないだろうから。 「あぁ、知ってるとも。大昔の話じゃから、最近の若ぇモンは知らねで当然だべ」 訛りの効いた独特な喋り方で、老爺は周囲にも聞こえるように話し始めた。 「ずぅっと昔から今まで、魔法使いとかいう胡散臭い商いをしとる女がいんだ。儂は信じちゃおらねが、貴族なんかは重宝してるんだと。そいで、代替わりのときにゃ家柄関係なく小せぇ子供を連れてくんだとよ。・・・石のことはわからねえが、大方石が呼び寄せるとかじゃろ」 小せぇ子供。私は脳内でその言葉を反芻する。 まさか、それは。 「うちの子を、連れて行くと言うのか?」 私が言う前に、再び父が言った。 老婆の口調から察するに、そういうことだろう。 父の声は静かな怒りに満ちており、その怒りを向けられたわけではないのに私はすくみ上がる。 「この子はな、俺たちの大事な一人娘だ。店の看板娘でもある。魔法使いだかなんだか知らないが、アンタみたいなぽっと出の婆さんなんかに渡せるような子じゃないよ」 淡々とした口調の中に私への愛情が見て取れ、私は思わず泣きそうになる。 しかし、そんな空気は長くは続かなかった。 「理屈はいいわい。なんと言おうが、儂はこの娘を連れてゆく」 言うなり老婆が私の腕を掴んだ。 その見た目に反して力が強く、腕に鈍い痛みが走る。 慌てて両親が私を掴もうとするがもう遅い。 老婆が杖を大きく振りかぶった。 石が整然と並べられた綺麗な石畳を、例のいかつい杖が打つ。 カツーン、と乾いた音が響いて、次の瞬間に私は知らない土地に立っていた。
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