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「そうですか、今はアパートの方に?」
「ええ、古くて小さいですが基礎もしっかりとしているので、とても気に入っています。あと6年もすると外壁くらいは直す必要がでてくるでしょうが、その頃には私は亡くなってますので」
「あはは、なにいってんですか、僕より長生きしそうですよ」
「いえいえ、とてもとても…」
「いえいえ、ねぇ……で、そちらはこのご住所で?」
「はい、そこです。間違い御座いません」
「ふーむ…」
一応敬語で会話しているものの、態度はかなりくだけている。少し小馬鹿にする様、といっても過言ではない程だ。
「ゼネコンの役員さんだったんですよね?スゴいなぁ」
などと前に座っている小男を褒めそやすが、その目はかなり正直に『こんな汚いジジイが?』と言っている。
「昔の話ですよ。今は年金暮らしのただのジジイです」
「いやいや、事務方ですか?」
「いえ、現場に出てましたよ。あの雰囲気がどうしても好きでして。若い人からは、もう止してくれと言われてましたが無理言って捻じ込んでました。かなり煙たがられてましたね、今の時代ならパワーハラスメントってやつになってしまうでしょう」
「えー、スゴいな。僕なんか事務方が良いって言っても現場出されちゃうんですよ。何様だ馬鹿野郎なんて、いつも怒られちゃうんです。早く偉くなりたいですよ。あっはっはっ」
軽口を叩きながら快活に笑う若い刑事。別に面白くもないのだろうが、付き合いで老人も「はは…ご苦労様です」と痩せこけた頬を僅かに歪める。
「っと、あんまりふざけてるとまた怒鳴られるか、すいません。真面目にやります、すいません」
「いえ…」
「えっと、被害者とは面識がなかったとの事ですが……何で殺したんです?この人」
ずけずけとしたもの言い。口元は変わらず笑顔のままだが、威圧感はそれなりにある。慣れっこなのだろう、そこそこ仕事は出来るのかもしれない。
「それは……動機という事でしょうか?」
「はい。あ、いえ、まー何でも構わないです。じゃあ凶器、言えますか?」
「はい、包丁で刺しました」
「どこを?」
「お腹です」
「何回か刺してますよね?やや執拗です。正直ちょっとしつこいくらい。まーそれは僕の感想ですけど」
「そうですね、なにぶん人を刺すのは初めてでしたので……何回か」
「面識なかったんですよね?」
「それなんですが…」
少し困ったように眉を寄せて、老人は「私、面識が無いとは申しておりませんで…」と、気まずそうに答えた。若い刑事は「えー?そうなんですか?」と、大仰に驚いて、調書をとっている中年の刑事を振り返る。
忙しなく動かしていた手をピタリと止めた中年刑事は、ふと顔を上げ、ゆっくりとうなずいた。確かな様である。
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