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「では、すいません。改めてお尋ねします。貴方が殺人を犯した………………その動機は、一体何ですか?」
やはり、それなりに経験があるのだろう。さもリラックスしていますというように身体から力は抜けたまま、しかし老人の機嫌は損ねないよう姿勢は崩さず、刑事はまさに話を聞くような恰好だ。取調べをはじめた時の軽薄さは身を潜め、傾聴、相づち、共感を全面に推し出しましたと口には出さずに主張する、どこからどうみても好青年といった様相だ。
そんな、突然に話をよくよく聞いてくれそうな態度をとった若い刑事をしげしげと眺めて、それでも老人は「その前に…」と、やはり少し気まずそうに切り出す。
「あの……大変に申し訳ないのですが、その消しゴム…」
言いながら、指差したのは机の上。
「ん?はい、これですか?」
角の丸まった。ケースも取れて、半分ほど使い古された消しゴム。
「それ……頂いてもよろしいでしょうか?」
突然変な事を頼みだした老人に、それでも刑事はなに慌てる事なく「構いませんよ?」と置いてあるモノを老人に手渡した。
「でもソレ、実は僕の私物なんですよ。何だか子供っぽいこというようですが、そのメーカーの消しゴムと、この鉛筆。ルーティーンっていうんですかね?視界に入れておかないと僕、仕事出来なくなっちゃうんですよ。おまじないって、本当につまらない事なんですけどね。お渡しします。でも、本当はダメなので、部屋の外に持ってっちゃわないで下さいね?お願いしますよ、黙ってて下さいね?」
「もちろん、もちろんです。やぁ、ありがとうございます」
何故だかとても嬉しそうに消しゴムを受け取り、
「いやぁ、申し訳ない。分かりますよ。申し訳ない。私も子供の頃から何か手で触っていないと、落ち着かない性質でして。そうですか、ルーチーンですか、それですそれです。いやぁ、申し訳ない…」
繰り返しながら、手の中で消しゴムをクルクルと弄ぶ。
「大勢の前で喋る時もどうにも落ち着かなくて、本当に丁度、これくらいの大きさの物を手に持ってたんですよ。馬鹿みたいでしょう?」
「とんでもない、分かりますよ?筆記用具もそうですが、落ち着かないって事でいえば僕も貧乏ゆすりが止まらない性質でしてね。学生時代の渾名はヘビメタでした」
「いや、本当、お恥ずかしい。お恥ずかしい限りです…」
刑事の軽口も華麗に受け流しながら、クルクルと回していた消しゴムをやがて左の掌に落とす。と、右手の人差し指でカリカリと引っ掻き始めた。
「やぁ、ふーむ…本当に、丁度良い大きさで……思わずお願いしてしまいました……………あの、お願いついででもう一つ…」
「いえいえとんでも、なんです?」
「お時間を取らせるようで申し訳ありませんが、なるべく短く済ませますので、昔話に付き合っては頂けませんでしょうか?」
「…………ふむ……」
老人の言葉に、
「…………………そうですね…」
今度は少し迷ったようだ。延々と話し込まれて、結局大事な部分をはぐらかされましたでは困る。過去に経験があるのだろう。
「………………ふーむ……」
できれば早く終わらせたい。が、それでも、僅か逡巡した後に、
「分かりました、伺いましょう」
一応聞いてやる事にしたようだ。
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