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「ヘソというのは実に面白いものでして、ヘソから崩れるところに別のヘソがくる様に力をかけると、連鎖して大きく壊れるんです。逆に力をかける方向を工夫する事で細かく小さく崩したりと私はヘソの探究に余念がありませんでした。また、長年ヘソをいじってると不思議な発見もあるもので、ある時家で何とは無しに机の上に置いてあるお茶の入ったペットボトルのヘソ周りを弄っていたんです。壊す訳ではないのですが、中の液体が指に合わせてグリグリと移動するので、お茶のヘソをソレで触っておりました。液体っていうのは偉いもんで、波の様なものが固体よりも伝播し易いのです。支配が難しいのですが、一度掴むと寧ろ届けたい場所に正確に届け易い。届くまでの時間も読み易い。そうして、ヘソに一旦滞らせた波を液体で揺らしてやるうちに…」
「ちょ、ちょっと、ちょっと待って下さい」
堪り兼ねて静止する。
「はい?」
「おヘソの詳しい話は………今度にしませんか?」
容疑者の話を途中で止めるのが適切かどうかはともかく、コレは別の担当が必要だろう。なんたってヘソ。ヘソである。この続きを聞かないで済む大義名分は立つだろう。若造だからと、これも経験だなどと、ババを引きたくはない。実のある苦労ならやぶさかでないが、これはどう考えても付き合うだけ無駄な話である。
分かり易くこちらに向けられているババを、わざわざ引きたくはないのだ。
「えっと……もう10分は超えています」
少し捲くし立てるように、
「とにかく貴方には何かモノの弱点みたいなものが視えていて、ソレを活用して会社で偉くなったと、そういう事ですね?承知致しました。長年介護されていた奥様の話の続きを聞かせては頂けないでしょうか?」
そう言って、いっそのこと懇願するような態度の若い刑事。もうヘソの話はいい。聞きたくもない。コレは自分の才能だと、持って生まれた才覚だと、そのような事を言う人間はいるものだ。刑事が偶に行く整体でも、オジサンは『オレぁ服の上からでもツボが見えるンだ』と、痛めてもいない場所をグリグリと押して来たりする。そういうものだ。そーゆーものなのだ。何かを努めあげた人間は、そんな戯言で若者の尊敬を集めようとするものなのだ。
うんざりである。それは別段、聞きたくもない話。
丁重に、やめてくれろと、態度で示す若者に、
「………おお、左様ですか。ああ、申し訳ない…」
気を悪くする訳でも無く、かえって深々と頭を下げる老人。
「思わず長く話し過ぎましたね。いやぁ、申し訳ない。刑事さんが丁寧に聞いてくれるので思わず。本当に、短く済ますつもりだったのですが、大変失礼しました」
老人からしても、ヘソの話は本筋ではなかったのだろう。素直に侘びて、「えっと……そうそう、妻をヘルパーさんにみていて貰って、という話ですね」と、話を漸く、
「ある場所で、日本のヘソを見つけてしまったんですよ」
戻してはくれなかった。
「………………………………うんぅ……?」
唸って、首を傾げる刑事。
「ああ日本のヘソ、といってしまっては語弊がありますか。街のヘソかも知れないし、地方のヘソなのかも知れません。とにかく、あのような立派なヘソを過去に見た事はなかった。妻に買った花束を思わず落としてしまいましたよ。一応渡しましたが、どうも私は花束を贈るのにあまり向いていない人間のようです…」
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