地獄谷ちゃんの温泉たまご

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地獄谷ちゃんの温泉たまご

 俺は同期の笹本が嫌いだ。  天は二物を与えずなんていうけど、奴は三物も四物も与えられている。  まず顔がいい。背が高い。高学歴。それなのに性格もいい。仕事もできる。当然モテる。それなのに彼女がいない。それで専務に自分の娘を押し付けられた。その娘がブサイクで性格も悪くてビッチだったら、俺だって溜飲が下がったに違いない。だが娘は美人で(冷静に考えたら専務がイケオジなんだから娘も美人で当然なのだが)、学歴も高く、しかも性格もいいときた。特技は料理とお花。そんな奴いるか? しかもなんで見合いなんだよ。そこは彼氏が出てきて修羅場になるところじゃないのか?  だがそんな夢のような修羅場は起きず、二人は意気投合。付きあってみたら相性も抜群。絶賛婚約中だ。  その笹本がデカい案件を頼まれた。まだ決まったわけじゃないが、プレゼンをする権利を与えられた。そして今日トラブルが起きた。実験の資料を失念していたのだ。そんな凡ミス、誰かが言ってやればいいだけなのだ。おおかた妬みで足でも引っ張られたのだろう。それで慌てて俺の部署にやって来て、実験結果のデータが欲しいと言ってきた。そのデータの管理は俺だ。俺は必死で探すふりをして、やっとのことで奴にデータを渡した。 「ありがとう!」そう爽やかな笑顔で言って、自分の部署に戻って行ったけどな。  ──それ、一昨年のデータだから。  いや、俺はデータをくれって頼まれただけで、いつのデータなんて言われてない。そうデータとは言われてないのだ。  まあ、あのデータだと奴らの作った資料とは語弊が生じるかもしれないな。俺の知ったことじゃないけど。  多少は俺にも火の粉がかかるかもしれないが、それも想定の範囲内だ。なんてったって奴が今回のプレゼンの責任者なのだ。責任者は責任を取るためにいるんだろう?  俺は何か聞かれないために定時なるとさっさと会社をあとにした。けれどなんとなくモヤモヤする気持ちが残る。さっきから電話がないかスマホばかり見ている。こんな時は酒でも飲むに限る。俺は軽く頭を振って、会社のことを頭から追い出した。ちょうどそばでカラスの鳴き声を聞いた気がした。  カラスの姿を確認しようと顔をあげると、そこには黒塗りの扉が目に入った。黒塗りの扉に朱塗りの取手。ずいぶんレトロな入り口だと思った。窓はなく、店内の様子は見ることが出来ない。ぼったくりの飲み屋かもしれない。だが何故か足が動かなかった。扉が開く。そして俺は引き寄せられるように店内に入っていった。

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